多目的コホート研究(JPHC Study)
居住地の剥奪指標および人口密度と死亡との関連について
-「多目的コホート研究(JPHC研究)」からの成果報告-
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん、脳卒中、心筋梗塞、糖尿病などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部の4保健所管内にお住まいの40~59歳の方々を平成22年(2010年)までおよそ21年間追跡した調査結果にもとづいて、居住している近隣地区の調査開始時期の状況と死亡との関連を調べた結果を論文発表しましたので紹介します(PLoS One.2014 Jun 6;9(6):e97802)。
死亡リスクは居住地によって異なるのか
欧米社会では、大都市部を中心に貧困な状況に置かれた人々が多く住まう居住地に健康問題の多くが集中することが、健康の社会的格差の一端として問題視されてきました。これを計測するために、地区の貧困の水準を指標化したものが 地理的剥奪指標 areal deprivation index(以下、剥奪指標)です。例えば、英国では様々な剥奪指標が提案されてきましたが、剥奪指標の値が大きく、貧困の度合いが高いと見なされる地区ほど死亡率などの健康指標が悪くなる関連が数多く報告されています。同時に、居住地の都市化の度合いも居住者の健康と関連している居住地の特性とみなされ、都市化の程度が高いほど死亡リスクが高くなるなどの報告がなされています。
一方、日本でも都道府県や市区町村を単位として社会経済指標と健康指標との関係をみる研究は数多くなされてきました。しかし、近隣地区という市区町村より小さな、生活上より密着した地理的なスケールで、居住地の状況と死亡リスクの関係をみる研究はこれまでなされてきませんでした。そこで、まずは日本の国勢調査(1995年)の町丁字等の指標を合成し、英国で利用されてきたものと同様な剥奪指標を作成しました。そして、これを調査開始時期の居住地の状況を示す指標とみなし、死亡リスクとの関係をみることにしました。剥奪指標は、失業率など貧困と関連すると考えられる国勢調査の指標を組み合わせたもので、貧困な世帯の割合が多いと想定されるほど剥奪指標は大きな値をとります。あわせて、居住地の人口密度を都市化の程度の代替指標として分析しました。
人口密度と剥奪水準が高い居住地で死亡率が高い
この分析では、剥奪指標と人口密度のそれぞれについて値の大きさからQ1~Q4の4つのグループを作成し(Q1が剥奪指標あるいは人口密度の最も低いグループ、Q4が最も高いグループ)、グループ間での死亡リスクの違いを評価しました(n = 37,455)。その結果、調査開始時期に剥奪指標と人口密度が高い地区に住んでいた人ほど、死亡するリスク(マルチレベル生存分析による調整済みハザード比)が高くなる傾向が確認されました(図1)。英国などで報告されている居住地域間の格差に比べれば小さいとはいえ、見いだされた傾向は類似しています。なお、この分析では調査開始時期の健康状態や個人の職業・就業状態と教育水準など社会経済的な状況の違いは調整されています。
このような死亡率の居住地による違いが生じる理由として、居住地の特性に影響を受けて健康的な生活習慣が妨げられる場合があり、それが死亡の地域差に反映される可能性が指摘されてきました。例えば、貧困な地区では安全に利用できる公園が不足気味で、結果として定期的な運動習慣がもたれにくく、その結果として死亡リスクが長期的に上昇するといった仮説です。しかし、この研究では定期的なスポーツ、喫煙、アルコール摂取の3つの代表的な健康関連行動について調整した分析も実施してみたところ、個人の職業・就業状態・教育水準の違いによる死亡リスクの差は小さくなるものの、居住地間の差には変化がほとんどありませんでした。
さらに、人口密度の4グループ別に剥奪指標と死亡率の関係を分析してみたところ、人口密度が高い地域で剥奪水準の違いが死亡リスクと強く関係していました(図2)。居住地間の社会経済的格差を反映した死亡リスクの居住地間の格差は、都市化の進行によってより明確になることを示唆しているようです。
この研究について
この研究では、健康の社会格差の一面として、居住地の剥奪水準が高くなるとともに死亡率が高くなる傾向が、とりわけ居住密度の高い地区でみられることを明らかにしました。この結果から、市街化の進む地域では、個人の貧困に加えて、貧困の地理的集中が健康水準の低下を招くことが示唆されます。ただし、居住地の剥奪が死亡リスクの関連する具体的な仕組みは明らかではありません。そのため、今後は死因別の分析や居住地の特性のより具体的な内容を考慮した分析が必要になります。また、ここでは個人の様々な特性を考慮した分析を行っていますが、居住地間の死亡リスクの違いは、住宅の状態など、調査で利用できなかった個人の特性によって説明されるかもしれません。このように多くの課題が残されていますが、本研究のような近隣地区スケールでの居住地の状況と死亡リスクの関連を分析する疫学研究は日本ではほとんどみられません。他の地域でも同様な結果が得られるのか、今後の研究を通して確認していく必要があります。