多目的コホート研究(JPHC Study)
食物繊維摂取と前立腺がんとの関連
-「多目的コホート研究(JPHC研究)」からの成果報告-
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古、大阪府吹田の10保健所(呼称は2014年現在)管内にお住まいだった方々のうち、平成7年(1995年)と平成10年(1998年)にアンケート調査に回答していただいた45-74歳の男性約4万3000人を、平成21年(2009年)まで追跡した調査結果にもとづいて、食事からの食物繊維摂取量と前立腺がん罹患との関連を調べました。その結果を専門誌で論文発表しましたので紹介します(Am J Clin Nutr 101巻118-125ページ)。
食物繊維には、インスリン感受性を改善させる効果があり、前立腺がんの危険因子といわれているインスリン様成長因子(Insulin-like growth factor, IGF)を低下させる効果があるなど、前立腺がんの予防因子としての可能性が指摘されています。これまで食物繊維摂取と前立腺がんとの関連についていくつか報告はありますが、そのほとんどが欧米における研究からの報告で結果は一致していません。また、食物繊維摂取量が比較的少ないアジアからの報告は、今のところありません。さらに、食物繊維は、欧米ではシリアルなどの穀類などから、 日本人は大豆、米、きのこ類などから摂取され、摂取源が異なることから、欧米からの報告とは異なる可能性も考えられます。そこで、食物繊維摂取量が比較的少ない日本人において、食物繊維と前立腺がんの関連を明らかにすることを目的として行いました。
食物繊維摂取は自覚症状で発見された進行前立腺がんのリスクを下げる
43435人の男性が本研究の対象になり、約12年の追跡期間中に、825人が前立腺がんに罹患しました。前立腺がんは、前立腺内にとどまる限局がんと、前立腺を越えて広がっている進行がんに分けられますが、今回の研究では、限局がんが582名、進行がんが213名でした(病期不明が30名)。すべての対象者から、追跡開始時におこなった食習慣についての詳しいアンケート調査の結果を用いて、食物繊維の1日当たりの摂取量を少ない順に4グループに分け、その後の前立腺がんの罹患率を比べました。また食物繊維は、大豆などに多く含まれている不溶性食物繊維と、野菜・果物などに多く含まれている水溶性食物繊維に分けられますので、不溶性食物繊維と水溶性食物繊維についても同様に比べました。前立腺がんのリスクは高齢など他の要因によっても高くなることがわかっていますので、あらかじめこれらの影響を除いて検討しました。
その結果、食物繊維摂取量は進行がんで、ややリスクの低下傾向がみられたものの、前立腺がんとの明らかな関連は見られませんでした(図1)。 一方、近年のPSA検査の普及により、健康意識が高い人(例:食物繊維摂取量の高い人)でPSA検査を受ける人のほうが、より前立腺がんが発見される影響(検診バイアス)を反映している可能性を取り除くために、PSA検査を受けずに、自覚症状で発見された前立腺がんに限定して、食物繊維との関連をみました(図2)。その結果、食物繊維と不溶性食物繊維の摂取が2番目に多いグループ以上で、進行前立腺がんのリスクの低下がみとめられました。このことから、極端に食物繊維の摂取量が少ないグループでリスクがあがる、とも考えられます。
なぜ食物繊維は進行前立腺がんのリスクの低下に関係しているのか
今回の報告は、食物繊維の摂取量が比較的少ない日本人でも、欧米からのいくつかの報告でみられるように、食物繊維摂取は前立腺がんのリスクを低下させるというものでした。食物繊維が前立腺がんのリスクを低下させるメカニズムとして、冒頭で説明したように、食物繊維にはインスリン感受性改善効果があり、前立腺がんのリスク上昇と関連するIGF-1を低下させることや、前立腺がんリスク要因である性ホルモンなどへ影響、などの可能性があげられます。今回、不溶性食物繊維で特にリスクの低下がみられました。大豆などに多く含まれている不溶性食物繊維は、糖代謝能の改善や、前立腺がんの進行に関連する炎症作用を改善することが報告されています。特に進行がんでリスクの低下がみられたのはこのためと考えられます。また、水溶性食物繊維も不溶性と同様の作用がありますが、今回の研究で関連がみられなかったのは、日本人における水溶性食物繊維の摂取量がとても少なかったためと考えられます。
不溶性食物繊維は大豆に多く含まれているので、大豆と前立腺がんとの関連がそのままみられているように感じますが、私たちの研究では、過去に、大豆・イソフラボン摂取は進行前立腺がんのリスクを下げないことを報告しています。今回の影響は、食物繊維、特に、不溶性食物繊維の作用によるものと考えられます。
食物繊維は不足しないようにしよう
今回の結果から、食物繊維摂取量の2番目に高いグループ以上でリスクの低下が認められたことから、摂取量が極端に少ないと進行前立腺がんのリスクをあげる、とも考えられました。私たちの研究では、大腸がんでも同様な関連が認められていますので、食物繊維は不足しないようにすることが重要です。