多目的コホート研究(JPHC Study)
アルコール代謝関連遺伝子(アルコール・アルデヒド脱水素酵素)と飲酒量に基づく胃がん罹患について
-「多目的コホート研究(JPHC研究)」からの成果報告-
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・虚血性心疾患・糖尿病などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古の9保健所(呼称は2015年現在)管内にお住まいだった方々のうち、40~69才の男女約3万7千人の方々を、平成16年(2004年)まで追跡した調査結果よりアルコール代謝関連遺伝子:アルコール脱水素酵素(alcohol dehydrogenases:ADH)、アルデヒド脱水素酵素(aldehyde dehydrogenases:ALDH)と飲酒量に基づく胃がん罹患について調べた結果を、専門誌で論文発表しましたので紹介します。(Carcinogenesis 2015年36巻223-231ページ)
これまでは飲酒と胃がんの間には関連がみられないとされていましたが、最近のメタアナリシス(複数の研究のデータを系統的に収集・統合し、改めて解析した総説)において多飲酒者では胃がんと関連すると報告されました。
一般的にアルコールはADHで代謝されてアセトアルデヒドとなり、アセトアルデヒドはALDHの作用により酢酸になります(図1)。国際がん研究機関によると、アルコール、アセトアルデヒド(ただしアルコール飲料由来のもの)ともに人に対して発がん作用があると報告されています。したがって、飲酒と胃がんとの関連を見るには、アルコール代謝関連遺伝子(ADHやALDHの働きの強さを決める遺伝子タイプ)の影響に基づいて飲酒量と胃がんとの関連をみる必要があります。そこで、アルコール代謝関連遺伝子としてすでに機能が知られている遺伝子の一塩基多型:ADH1B(rs1229984)、ADH1C(rs698)、ALDH2(rs671)の影響を検討しました。
ADH1B・ADH1C:A遺伝子(アルコール分解作用が強い)を有する飲酒者と比較してADH1B・ADH1C:G遺伝子(アルコール分解作用が弱い)を有する飲酒者では、飲酒量により胃がんリスクが上昇すると考えられます(アルコール分解作用が弱い遺伝子タイプの場合、アルコールからアセトアルデヒドへの分解がゆるやかになり、アルコールの蓄積により発がんリスクが高まるのではないかと考えられる。また、アセトアルデヒドが溜まって吐き気などが生じる状態になりにくいため、飲み続けることが可能となる)。また、ALDH2:G遺伝子(アセトアルデヒド分解作用が強い)を有する飲酒者と比較してALDH2:A遺伝子(アセトアルデヒド分解作用が弱い)を有する飲酒者では胃がんリスクが上昇すると考えられます(アセトアルデヒド分解作用が弱い遺伝子タイプの場合、アセトアルデヒド分解がゆるやかになり、アセトアルデヒドの蓄積により発がんリスクが高まるため)。
保存血液を用いた、コホート内症例対照研究
多目的コホート研究の対象者約10万人のうち、研究開始時に健康診査の機会(1990年から1995年まで)を利用して、男性約13467人、女性約23278人から研究目的で血液を提供していただきました。2004年末までの追跡期間中に発生した胃がんのうち、関連データが不足していない胃がん457人(男性307人、女性150人)の1例ずつに対し、胃がんにならなかった方から年齢・性別・居住地域・採血時の条件をマッチさせた1人を無作為に選んで対照グループに設定し、合計914人を今回の研究の分析対象としました。
解析に用いたのは、ベースラインアンケートの飲酒頻度・量から算出した1週間当たりのアルコール摂取量と、保存血液を用いて測定したADH、ALDHの一塩基多型のタイプです。まず、アルコール摂取量(150g未満/週 vs 150g以上/週)、アルコール代謝関連遺伝子単独のタイプによる胃がんリスクを検討しました。その後、胃がんにおけるアルコール摂取量とアルコール代謝関連遺伝子を両方同時に考慮することで、単純にリスクを足し合わせた以上の効果があるかどうかを検討しました。分析にあたっては、胃がんに関連する他の要因(胃がんの家族歴、喫煙、飲酒、肥満指数、総エネルギー摂取、ヘリコバクター・ピロリ感染、胃の萎縮、食塩・高塩分食摂取、糖尿病歴)のグループによる偏りが結果に影響しないように、統計学的に調整を行いました。
アルコール代謝関連遺伝子(ADH1C、ALDH2)タイプは、飲酒による胃がんのリスクに影響する
分析の結果、アルコール摂取量が少ないグループに比べ多いグループ、ADH1BとADH1Cでアルコール分解作用が強い遺伝子タイプに比べ弱い遺伝子タイプ、ALDH2でアセトアルデヒド分解作用が強い遺伝子タイプに比べ弱い遺伝子タイプでは、いずれも胃がんのリスク上昇はみられませんでした。次に、アルコール摂取量と胃がんリスクの関連について、アルコール代謝関連遺伝子タイプ別に分析しました。すると、ADH1C:AA遺伝子型を有し、飲酒量が少ない(アルコール換算で150g/週(日本酒毎日1合相当)未満)人と比較し、ADH1C:G遺伝子を有し、飲酒量が多い人で約2.5倍胃がんリスクが高いことが分かりました。またALDH2:GG遺伝子型を有し、飲酒量の少ない人と比較し、ALDH2:A遺伝子を有し、飲酒量の多い人で約2.1倍胃がんリスクが高いことが分かりました(図2)。胃がんリスクにおいて、ADH1C:G遺伝子・ALDH2:A遺伝子と飲酒量のリスクを単純に足し合わせた以上の効果を認めました。
この研究について
今回の研究の結果、飲酒量、アルコール代謝関連遺伝子タイプによる胃がんのリスク上昇はみられませんでしたが、飲酒量とアルコール代謝関連遺伝子(ADH1C、ALDH2)を両方同時に考慮することで胃がんのリスクが上昇することが認められました。しかしながら、アジア人においてADH1C:GG遺伝子型は稀であるため、本研究内の対象者が少なくADH1Cの結果は偶然の可能性があるため注意が必要です。また、過去の同様な胃がんリスク研究においてADH1C(rs698)の結果は一致していませんが、ALDH2(rs671)の結果は一致していました。したがって、ADH1B(rs1229984)、ADH1C(rs698)よりもALDH2(rs671)の働きによるアセトアルデヒドの蓄積が胃がん発生に関与しているのではないかと考えられます。興味深いことに、今回の研究で示されたアルコール摂取量とALDH2(rs671)の関連は胃がんの発生に重要な因子となりうる胃の萎縮で層別したところ胃の萎縮がある対象者のみで胃がんリスクの上昇を認めました。反対に胃の萎縮がない対象者ではこの結果を認めませんでした。したがって、胃がピロリ菌によって引き起こされた萎縮状態においてアセトアルデヒドが胃の発がんを誘導する重要な役割を果たす可能性が示唆されました。
今回の研究結果より胃の発がん、胃がん予防を考える上で重要な知見が得られました。今回の研究で飲酒要因と胃がんリスクを検討するにあたり、飲酒に関与する遺伝子も合わせて検討する必要があることが示唆されました。
研究用にご提供いただいた血液を用いた研究の実施にあたっては、具体的な研究計画を国立がん研究センターの倫理審査委員会に提出し、ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針について審査を受けてから開始します。今回の研究もこの手順を踏んだ後に実施いたしました。国立がん研究センターにおける研究倫理審査については、公式ホームページをご参照ください。多目的コホート研究では、ホームページに多層的オミックス技術を用いる研究計画のご案内や遺伝情報に関する詳細も掲載しています。