-「多目的コホート研究（JPHC研究）」からの成果-

私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防に役立てるための研究を行っています。平成2年（1990年）と平成5年（1993年）に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古、大阪府吹田の10保健所（呼称は2007年現在）管内にお住まいだった、40～69才の男女約4万人の方々を、平成16年（2004年）まで追跡した調査結果にもとづいて、血清ヘリコバクター・ピロリ（Hp）抗体価とペプシノーゲン値による胃がん発生リスクの関連を調べた結果を、専門誌で論文発表しましたので紹介します。
（Helicobacter 2009年6月14巻231-236ページ）

保存血液を用いた、コホート内症例対照研究

多目的コホート研究を開始した時期に、全対象者約10万人のうち男性約13500人、女性約23300人から、健康診査等の機会（1990年から1995年まで）を利用して、研究目的で血液を提供していただきました。約12年の追跡期間中、511人に胃がんが発生しました。この胃がんになった方1人に対し、胃がんにならなかった方から年齢・性別・居住地域・採血時の条件をマッチさせた1人を無作為に選んで対照グループに設定し、合計1022人を今回の研究の分析対象としました。

保存血液を用いてペプシノーゲン値によって胃粘膜の萎縮を、Hp抗体価によって陰性と陽性に分け、さらに陽性を抗体価の高さによって３つのグループに分けリスクを比較しました。

胃粘膜の萎縮とHp抗体価における胃がんリスクの関係

Hp抗体価による胃がん発生のリスクは、胃粘膜の萎縮がないグループにおいては、Hp抗体価の意義は認めないものの、胃粘膜の萎縮があるグループは、抗体価が低いグループではリスクが高いのに対して、高いグループでは胃がんリスクが低くなりました。（図）
また、Hp抗体価は、胃粘膜の萎縮が進むと低下することが知られており、抗体価が基準値を下回る付近のグループが最も危険度が高いと予想されています。そこで、抗体価の基準値を下げて検討したところ、予想通り胃粘膜の萎縮が進んだグループにおいて顕著に胃がんのリスクが増大しました。（図）

 
この研究について

これまでの臨床研究や実験的研究から、Hp抗体価がHpの菌体数や胃粘膜の炎症の程度を反映することが報告されています。Hpの抗体検査は、抗体価の基準値により陰性、陽性に分けられて利用されていましたが、抗体価の値のもつ臨床的な意義についての検討は少なく、今回のコホート研究のデータを用いてその意義を検討しました。また、萎縮のマーカーであるペプシノーゲンを測定し、ペプシノーゲンとHp抗体価の組み合わせによって、胃がんの高危険度グループを見分けることができないかどうか検証してみました。その結果、胃粘膜萎縮グループにおいては、基準値を下げた場合に顕著に危険度が上昇することから、ペプシノーゲンにて萎縮を示すグループでは、基準値にて陰性か陽性かよりも抗体価の値に意義があること、低抗体価を示す者は、非常に胃がんのリスクが高いことがわかりました。

ヘリコバクターの除菌と検診について

Hpは日本人の約５０％に感染していると言われ、胃がんとの関係が明らかになっています。これまでの研究から、既にHp感染によって胃粘膜の萎縮が進んでしまった場合には、除菌による胃がんの予防効果は低いと考えられています。一方、胃粘膜の萎縮が進んでいないグループでは、Hpの除菌による胃がん予防効果が期待されています。

今回の研究で、Hp抗体価の高いグループは、Hp菌数が多いと推定されますが、このグループに対しては、やはり除菌を行うのが効果的である可能性が示されました。また、ペプシノーゲンによって萎縮を認め、かつ、抗体価が低いグループは、胃がん発生のリスクが非常に高いことが示され、内視鏡を用いた積極的な検診が必要であると考えられます。このようにペプシノーゲンとHp抗体価を組み合わせることによって、胃がんの除菌グループや、特に積極的な検診が必要なグループを見分けることができる可能性があります。しかし、抗体価は測定方法によっても異なるため、今後測定方法の差異については、さらに検討を重ねる必要があります。

研究用にご提供いただいた血液を用いた研究の実施にあたっては、具体的な研究計画を国立がんセンターの倫理審査委員会に提出し、人を対象とした医学研究における倫理的側面等について審査を受けてから開始します。今回の研究もこの手順を踏んだ後に実施いたしました。国立がん研究センターにおける研究倫理審査については、公式ホームページをご参照ください。

多目的コホート研究では、ホームページに保存血液を用いた研究計画のご案内を掲載しています。