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多目的コホート研究(JPHC Study)

生活を楽しんでいる意識と循環器疾患

-「多目的コホート研究(JPHC研究)」からの成果-

私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部の4保健所(呼称2009年現在)管内にお住まいだった40~59歳の方、約 5万5,000人と、平成5年(1993年)に、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古の5保健所(呼称は2009年現在)管内にお住まいだった、40~69歳の方、約6 万2,000人を約12年間追跡した調査結果にもとづき、「生活を楽しんでいる意識」と循環器疾患発症・死亡との関連を調べました。その結果を専門誌に発表しましたので紹介します。
Circulation, 2009年120巻956‐963ページ

喫煙や運動のような生活習慣に加えて、ストレスや怒りの感情、イライラしやすい性格などの心理的な要因が、健康に悪い影響を及ぼすことが、わかってきました。しかし、逆に嬉しい、楽しい、面白いなどの気持ちや、楽天的な性格傾向など、ポジティブな心理要因が、疾病の発症や死亡に与える影響については、研究がまだまだ少ないのが現状です。本研究では、生活を楽しいと感じるポジティブな意 amp;#35672;が、循環器疾患の発症や死亡にどのような影響を与えるのかを検討しました。研究開始時に実施した「ご自身の生活を楽しんでいると思われますか?」というアンケート調査結果を用い、生活を楽しんでいる意識(高・中・低の3段階)と循環器疾患発症との関係を検討しました。

生活を楽しんでいる意識と循環器疾患の発症

循環器疾患および癌疾患の既往のない40-69歳の男女88,175人(男性42,089人/女性46,086人)を対象として、約12年間の追跡調査を行った結果、3,523人の循環器疾患発症を確認ました。そのうち脳卒中を発症した人は2,786人、虚血性心疾患を発症した人は686人でした。
男性では、生活を楽しんでいる意識が高いグループに比べ、中程度のグループの循環器疾患発症のリスクは1.20倍、低いグループでは1.23倍高いという結果でした。病型別にみると、脳卒中の発症については中程度のグループで1.26倍、低いグループでは1.28倍、また、虚血性心疾患については中程度のグループで1.18倍、低いグループで1.22倍高いという結果でした。(図1)女性では、特に関連は見られませんでした。

図1.生活を楽しんでいる意識(高・中・低群)と循環器疾患発症との関連(男性のみの結果)

生活を楽しんでいる意識と循環器疾患による死亡

次に、生活を楽しんでいる意識と循環器疾患による死亡との関係を調べました。追跡期間中に全体で1,860人の循環器疾患による死亡が確認されました。病型別にみると、そのうち脳卒中が原因で死亡した人は812人、虚血性心疾患が原因で死亡した人は412人でした。
男性では、生活を楽しんでいる意識が高いグループに比べ、中程度のグループの循環器疾患死亡リスクは、1.15倍、低いグループでは1.61倍高いという結果でした。病型別では、脳卒中については中程度のグループでは1.25倍、低いグループでは1.75倍高く、虚血性心疾患については中程度のグループで1.20倍、低いグループでは1.91倍高いという結果でした。(図2)女性では、関連は見られませんでした。

図2.生活を楽しんでいる意識(高・中・低群)と循環器疾患死亡との関連(男性のみの結果)

こうした心理的な要因が健康に与える影響を考える研究では、生活が楽しいという感情の影響で疾病の発症や進行が抑えられたのか、逆に、診断前の疾病の影響で気持ちが沈んで生活を楽しいと感じなくなったのか、判別が難しいことが指摘されます。そのため、今回の研究では更に、研究開始初期に死亡した方を分析から除外して検討を行いました。

図3.生活を楽しんでいる意識(高・中・低群)と全循環器死亡との関係:調査開始後1年~6年未満の死亡例を除いた結果(男性のみの結果)

1年目の死亡、2年目の死亡と除外していき、追跡期間の半分にあたる6年目までに死亡した人を除いた分析を行いましたが、結果は変わりませんでした(図3)。このことから、やはり心理的な要因が循環器疾患による死亡に影響を与える可能性が大きいと考えられます。

この研究結果について

心理的な要因が健康に影響を及ぼすメカニズムとして、いくつかの説があります。たとえば、心理的にポジティブな状態にある人は、行動を変えて健康的によいことを始めようとするときにも、積極的になれたり、もともと健康によいとされる生活習慣を維持できていたりする方が多いという報告があります。
本研究においても、生活を楽しんでいる意識の高いグループで、週一回以上の運動習慣のある人の割合が高く、また男性では喫煙者の割合が低いなど、健康的な生活習慣を維持している人が多い傾向が見られました。また、同じような“ストレス源”(困難な出来事やつらい場面)に出会った時に、それが心身に影響を及ぼすストレスとなる人もいれば、全くストレスと感じない人もいます。心理的にポジティブな状態にある人は、まず目の前の出来事に対して、“なんとかできる”と、本人の負担にならないような考え方ができたり、代りに解決してくれる友人がいたり、頼りになる同僚がいたりと、ストレスにならないで済むための資源が周囲にたくさんあることが考えられます。またもう一方で、個人にとってストレスとなってしまった出来事に、うまく対処するための行動のレパートリーが広く、心身への悪影響に繋がらない可能性も指摘されています。
本研究の結果から、生活を楽しんでいる意識を持つことが、男性において循環器疾患の発症、死亡のリスクの低下に影響を及ぼすことが示されました。しかし、同様の傾向は女性では認められず、ストレス源に対する対処の方法や、自覚されたストレスが心身に与える影響が男女で異なることも報告されており、男女差に関するメカニズムは今後さらに研究を進める必要性があると考えられます。

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