多目的コホート研究(JPHC Study)
受動喫煙と歯周病のリスクとの関連について
-「多目的コホート研究(JPHC研究)」からの成果-
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・虚血性心疾患・糖尿病、歯の疾患などとの関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。多目的コホート対象地域のうち、1990年に秋田県横手保健所管内にお住まいであった、40-59歳の男女約1万5,000人に対し、生活習慣などについてのアンケート調査にお答えいただきました。また、2005年には同じ対象者に歯科アンケート調査と歯科健診受診への協力をお願いしました(歯科研究)。
その結果、2006年1月までに男性706人、女性812人、合計1,518人が歯科研究に参加しました。歯科医院において歯科健診を行い、歯周病の状態および第三大臼歯(いわゆる親知らず)を除いた全部で28本の永久歯のうち何本残っているかなど、歯の健康状態について調査しました。その結果にもとづいて、受動喫煙と歯の健康との関連を調べ、専門誌で論文発表しましたので紹介します。 (Tobacco Induced Diseases 2015年13巻19ページ)
非喫煙者でも受動喫煙で歯周病のリスクが高まる
今回の解析対象者である1,164人(男性552人、女性612人)において、1990年の多目的コホート研究の喫煙状況に関するアンケート結果から、①受動喫煙経験のない非喫煙者、受動喫煙経験のある非喫煙者(②家庭のみ、③家庭以外の場所(職場等)のみ、④家庭および家庭以外の場所)⑤過去喫煙者、⑥喫煙者の6つのグループに分けました。各グループの割合は、男性ではそれぞれ10.7%、5.4%、6.0%、6.7%、28.6%、42.6%、女性ではそれぞれ21.4%、53.6%、3.1%、18.1%、1.3%、2.5%でした。
まず、6mm以上の歯周ポケットが1歯以上ある場合を重度の歯周病と定義し、喫煙状況と歯周病との関連を解析しました。その際、社会経済状況や歯周病に関わるその他の要因を統計学的に調整しました。その結果、能動喫煙だけでなく受動喫煙も歯周病のリスクを高めることが明らかになりました。男性では、喫煙者の歯周病のリスクは受動喫煙経験のない非喫煙者の約3.3倍でした。また、家庭のみで受動喫煙経験のある非喫煙者では約3.1倍、家庭および家庭以外の場所で受動喫煙経験のある非喫煙者では約3.6倍、重度の歯周病へのリスクが高い結果となりました。一方、女性では喫煙状況と歯周病との間に関連は認められませんでした(図)。
次に、喫煙状況と永久歯の数との関連をみたところ、男性では喫煙者は受動喫煙経験のない非喫煙者より約2.5本残っている永久歯の数が少なく、奥歯のうち上下でかみ合っている永久歯のペア数(n-FTU)は約1.6少ないという結果でした。受動喫煙の状況と永久歯の数との間に関連はみられませんでした。女性では、喫煙状況と歯の数との関連は認められませんでした。
たばこのニコチンは歯周病をひき起こす細菌(歯周病菌)の発育を促進し、その病原性を高めます。また、喫煙は全身の免疫力を低下させ、歯を支えている組織の破壊を助長し、歯周病菌に感染しやすくなります。その結果、喫煙者は歯周病に罹りやすくなると考えられています。受動喫煙でも同様のメカニズムが推察されます。
今回の結果で、女性において受動喫煙と歯周病および永久歯の数との間に関連がみられませんでした。その理由は不明であり、今回の研究でみられた男女差については更なる研究で明らかにする必要があります。女性は男性よりもたばこをがんの原因ととらえている割合が多いという報告から推測すると、女性は家族の中に喫煙者がいたとしてもたばこの煙を避けたために、アンケートで回答したよりも実際の受動喫煙機会は少なかったのかもしれません。また、女性は男性に比べたばこのニコチンや代謝物のコチニンをよりはやく排出するという報告もあり、女性は男性よりもたばこの影響を受けにくいのかもしれません。
図 喫煙状況と重度歯周病のリスクとの関連
*受動喫煙経験のない非喫煙者との間で有意
年齢、教育歴、糖尿病の既往、BMI、飲酒量、 ストレス、かかりつけ歯科医の有無、口腔衛生状態を調整
年齢、教育歴、糖尿病の既往、BMI、飲酒量、ストレス、かかりつけ歯科医の有無、口腔衛生状態を調整
たばこと歯の健康
喫煙は歯周病および歯の喪失のリスク要因であることはよく知られていますが、受動喫煙が歯周病および永久歯の数にどのように影響しているかはこれまで明らかになっていません。今回の研究では、男性において受動喫煙者では重度の歯周病のリスクが高いことが示されました。これは、非喫煙者であっても受動喫煙により、喫煙者と同程度に歯周病のリスクが高まるこ可能性を示します。これまでに、多目的コホート研究から、喫煙者は非喫煙者と比較して、永久歯の数が少ないことを報告しました。今回の研究では、永久歯の数には受動喫煙による影響はみられませんでした。
今回得られた結果について注意すべき点として、女性において喫煙者の割合が非常に少ないことが挙げられます。したがって喫煙の影響を十分に検討することができませんでした。また、受動喫煙の経験は質問票により調査していますので、実際に曝露したたばこの量は不明です。
自分や家族の健康のために禁煙を
今回の研究により、喫煙は歯の健康を低下させるリスク要因であることが確認されました。また、男性において非喫煙者であっても受動喫煙により歯周病のリスクが高くなることが示されました。歯周病は糖尿病など他の病気のリスク要因でもあるので、予防や治療に心がける必要があります。
また、たばこは歯の健康のみならず、がんリスクや循環器疾患リスクを上昇させるなど全身の健康にも大きく影響します。受動喫煙は社会全体の取り組みにより避けることのできるリスク要因です。喫煙者に対して、喫煙することが自分自身の健康を損なうだけでなく、たばこから出る煙によって他人の健康にも悪影響を与えていることを理解してもらう必要があります。