多目的コホート研究(JPHC Study)
魚介類、n-3多価不飽和脂肪酸摂取と膵がん罹患との関連について
-多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告-
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・虚血性心疾患・糖尿病などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古の9保健所(呼称は2014年現在)管内にお住まいだった方々のうち、平成7年(1995年)と平成10年(1998年)にアンケート調査に回答していただいた45~74才の男女約8万2千人の方々を、平成22年(2010年)末まで追跡した調査結果に基づいて、魚介類、n-3 多価不飽和脂肪酸(PUFA)摂取量と膵がん罹患との関連を調べた結果を、専門誌で論文発表しましたので紹介します(Am J Clin Nutr.2015 Dec;102(6):1490-7)。
膵がんは早期発見が非常に困難ながんの一つであるため、その予防方法の探索が求められます。現在のところ、たばこ、肥満、糖尿病、慢性膵炎などとの関連が報告されています。また、これまで多くの疫学研究において膵がん予防に寄与する食事要因が検討されてきましたが、まだはっきりとは分かっていません。
欧米の多くのコホート研究(対象者が膵がんになる前に食事データを収集した前向き研究)では、魚介類または魚介類に多く含まれるn-3 PUFA: エイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサペンタエン酸(DPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)摂取と膵がん罹患との間には関連がないと報告されています。しかしながら、欧米人と比較して魚介類を多く摂取する日本人集団におけるコホート研究からは魚介類摂取と膵がん罹患の関連をみた研究は1件ありますが関連がないと報告されており1、n-3 PUFA摂取と膵がん罹患の報告はまだありません。そこで、多目的コホートにおける日本人集団での魚介類、n-3 PUFA摂取と膵がん罹患との関連について検討しました。
研究方法
今回の研究では平成7年(1995年)と平成10年(1998年)に実施されたアンケート調査に回答し、がん既往歴のない82,024人を対象とし、その後の膵がんの罹患を2010年末まで追跡しました。対象者をアンケート調査結果から算出した魚介類(さけ・ます、かつお・まぐろ、あじ・いわし、しらす、タラコといった魚卵、ウナギ、イカ、タコ、エビ、アサリ・シジミといった貝類、かまぼこといった加工食品、干物、など19質問項目を使用)、n-3 PUFA摂取量で4つのグループに分け、最も摂取量が少ないグループに比べ、その他のグループで膵がんのリスクが何倍になるのかを調べました。α-リノレン酸(ALA)はn-3 PUFAの成分の一つですが主に野菜などの種に多く含まれるため、魚介類に多く含まれるn-3 PUFAとして、EPA、DPA、DHAの総量(以下、魚介類由来n-3 PUFA)を用いた検討も行いました。
魚介類由来n-3 PUFA(EPA+DPA+DHA)、DHAにおいて摂取量の最小グループに比べ、最大グループでは膵がんリスクが30%程度低下
追跡期間中に449例の膵がん罹患を認めました。年齢や地域、喫煙、飲酒など他の条件が結果に影響しないように考慮して解析したところ、魚介類由来n-3 PUFA、EPA、DPA、及びDHAについて、それぞれ摂取量最小グループに比べて最大グループで約20%膵がん罹患リスクの低下を認めましたが、統計学的に有意ではありませんでした。しかしながら、アンケート調査回答時にはすでに膵がんに罹患していた可能性がある対象者(追跡開始3年以内に膵がんと診断)を除外して解析したところ、魚介類由来n-3 PUFA、DHAそれぞれ摂取量最小グループに比べて最大グループで約30%統計学的有意に膵がん罹患リスクの低下を認めました。また、EPA、DPAについても、最小グループに比べ、最大グループで膵がん罹患リスクが低下する傾向が見られました(図)。
魚介類およびn-3多価不飽和脂肪酸と膵がん
膵がん発生には慢性の炎症が関与していると報告されています。また、魚介類由来n-3 PUFAは抗炎症、免疫調節作用を有すると報告されています。メカニズムの点から考えると、魚介類由来n-3 PUFAを多く摂取することにより、膵がん発生に関与する慢性炎症の影響が軽減しているのかもしれません。
今回の研究について
今回の研究は、欧米に比べ魚介類を比較的多く摂取する日本人集団におけるn-3 PUFA摂取量と膵がん罹患との関連を検討した初めてのコホート研究になります。今回の結果では、魚介類由来n-3 PUFA、DHA摂取には膵がん罹患リスクの低下と関連がみられ、膵がん予防に寄与する可能性が示唆されました。今後、魚介類を多く摂取する他の集団においても同様の結果が見られるかについて、さらなる検討が必要です。
1.Lin Y et al. Dietary habits and pancreatic cancer risk in a cohort of middle-aged and elderly Japanese. Nutr Cancer 2006;56(1):40-9.