多目的コホート研究(JPHC Study)
歩行時間と糖尿病との関連について
-多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告-
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・虚血性心疾患・糖尿病などの病気との関連を明らかにし日本人の生活習慣予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、東京都葛飾、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古の10保健所(呼称は2015年現在)管内に居住する40~69歳の男女のうち1998~2000年度(ベースライン調査)および2003~2005年度(5年後調査)に実施されました糖尿病調査に参加された方を対象とし、歩行時間と糖尿病のリスクの関連を調査しました。この結果を専門誌で論文発表しましたので紹介します(J Epidemiol.2016;26(4):224-32)。
身体活動と糖尿病リスクについて
身体活動は糖尿病の危険因子の中で修正可能な要因の一つであり、多くの観察研究で身体活動強度の低い生活が糖尿病のリスクを上昇させることが知られています。また、介入研究において、身体活動を上げることが糖尿病の発症に対して予防的な効果があることも報告されています。歩行は、多くの人にとって実践が容易な身体活動であり、欧米諸国の過去の研究においては糖尿病発症のリスクを下げることが報告されています。
しかし、アジア人を対象とした研究報告は依然多くありません。本研究では、この歩行と糖尿病のリスクの関連を「多目的コホート研究(JPHC研究)」の「糖尿病研究」において解析しました。具体的には、上記の参加者を対象とし、ベースライン調査を用いた「1日の歩行時間と自覚していない糖尿病の関連」の横断的解析と、ベースラインと5年後調査の両方を用いた「1日の歩行時間と5年間の糖尿病発症の関連」の縦断的解析の二つの解析を実施しました。
横断的解析:1日の歩行時間と有糖尿病の関連
横断的解析では、ベースライン調査に参加した人のうち既に糖尿病があることを認知している人を除外し、26,488名(調査時平均年齢62歳, 男性36%)を対象としました。ベースライン調査にて参加者が質問票で回答した1日の歩行時間を用いて、30分未満、30分‐1時間未満、1時間‐2時間未満、2時間以上に分け、本人が認知していない糖尿病(血糖値やヘモグロビンA1c値で定義)を有することとの関連を調査しました。調査の参加者のうち1,058名(4.0%)が糖尿病を有していました。
1日の歩行時間ごとに分けると、歩行時間が2時間以上の群では糖尿病の有病率が3.8%であったのに対し、30分未満の群では4.7%でした。地域、年齢、性別、BMI、収縮期血圧、糖尿病の家族歴などが結果に影響しないように配慮して分析したところ、1日の歩行時間が2時間以上の群と比較して、30分未満の群の糖尿病であるリスクは1.23倍(95%信頼区間:1.02-1.48)と高いことがわかりました。
表1.1日の歩行時間と有糖尿病の関連
縦断的解析:1日の歩行時間と5年間の糖尿病発症の関連
一方、縦断的な解析では、ベースライン調査で糖尿病がない人のうち、5年後調査にも参加した人を対象として解析を行いました。このため、対象者数は11,101名(調査時平均年齢62歳, 男性33%)となりました。このうち5年間に612名が糖尿病を発症しました。歩行時間で分けると、年齢調整した5年間の糖尿病累積発症率は、1日の歩行時間が2時間以上の群で4.6%に対し、30分未満では7.0%でした。しかし、2時間以上の群に比べ30分未満の群の糖尿病発症のリスクは1.10倍(95%信頼区間:0.82-1.48)で、統計学的には有意に高いわけではありませんでした。
表2.1日の歩行時間と5年間の糖尿病発症の関連
まとめ
これらの解析から、歩行時間の少ない人における糖尿病のリスク上昇が示唆されました。縦断的な解析では有意なリスク上昇を認めませんでしたが、これに関しては以下のような理由が考えられます。まず、対象者数が横断的な解析より少なく統計的検出力が不十分であった可能性があります。また、縦断的な解析への参加者は、ベースライン調査と5年後調査の両方に参加した人であり、より健康に対する意識が高い対象者であったとも推測されます。このため糖尿病の発症がより少なく、有意な結果が得られにくかった可能性が考えられます。
なお、横断解析ではBMIを調整した上でも有意な関連が認められており、身体活動による体重への影響とは独立して、歩行時間が糖尿病リスクと関連することが示唆されました。しかし、1日の歩行時間は、個人のさまざまな生活習慣や健康に対する態度と関連するものと考えられます。こうした要因が糖尿病のリスクとの関連に交絡している可能性は依然排除できておりません。今後のさらなるエビデンスの蓄積が必要と考えています。