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多目的コホート研究(JPHC Study)

糖尿病と自殺および事故による死亡との関連

—「多目的コホート研究(JPHC研究)」からの成果報告—

 

私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に、岩手県二戸、秋田県横手、東京都葛飾、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、大阪府吹田、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古の11保健所管内にお住まいだった40~69歳の方々約14万人を2012年まで追跡した調査結果にもとづいて、糖尿病と自殺および事故との関連を調べた結果を専門誌で論文発表しましたので紹介します(Diabetes Metab.2016 Jun;42(3):184-91)。

 

糖尿病と自殺および事故のリスク

警察庁の自殺統計によると、わが国における自殺者数は1998年に急増し、以後2011年まで毎年3万人を超える状態が続いてきました。自殺の背景要因にうつ病などの精神疾患があることはよく知られていますが、身体疾患と自殺の関連についてはあまり分かっていません。また、不慮の事故など、自殺以外の外因死の中には自殺かどうかの判断が極めて難しいケースが見受けられますが、これら事故による死亡についても自殺と同様に心理社会的要因との関連が示唆されています。そこで、本研究では、糖尿病と自殺および事故による死亡のリスクについて検討しました。

研究開始時点で行ったアンケート調査に回答した方々のうち今回の解析の対象となった約105,000人中、約4,900人が研究開始時点で糖尿病になったことがある(医師から糖尿病と診断されたことがある)と回答しました。研究開始時点で糖尿病になったことがあると回答したグループでは、113人(自殺41人、事故72人)が自殺または事故により亡くなりました。一方、糖尿病になっていないグループでは1,304人(自殺577人、事故727人)が自殺または事故により亡くなりました。

解析の結果、糖尿病になっていないグループに対する、糖尿病になったことがあるグループの自殺・事故全体のリスクは、40~49歳では約2倍、50~59歳では約1.4倍でした。一方、60歳以上では、糖尿病になったことがあるグループの自殺・事故全体のリスクと、糖尿病になっていないグループのリスクとの間に統計学的な差はみられませんでした。事故のみでみた場合にも、60歳以上では、糖尿病になったことがあるグループの事故のリスクと、糖尿病になっていないグループのリスクとの間に統計学的な差はみられませんでした。一方、自殺のみでみた場合には、どの年齢層でも糖尿病になったことがあるグループとなっていないグループのリスクの間に統計学的な差はみられませんでした。

 235図

 

なぜ40~59歳で自殺・事故全体のリスクが高いか

糖尿病とうつ病との強い関連は多くの研究で指摘されてきました。うつ病は自殺の強い危険因子です。同時に、糖尿病の罹患に伴い抑うつ状態にあることで、交通事故などの不慮の事故に遭遇しやすくなると考えられます。また、例えば糖尿病に伴う視覚障害により、交通事故や高所からの転倒・転落などによる死亡リスクも高まると考えられます。これらの背景により、本研究において糖尿病になったことのあるグループにおける自殺・事故全体のリスクが高かったと考えられます。

なお、本研究では、糖尿病になっていないグループに対する、糖尿病になったことがあるグループの自殺・事故全体のリスクは、59歳以下でのみ統計学的に差がみられました。糖尿病の合併症として神経障害や網膜症、腎症などがありますが、これらの影響によるライフスタイルや生活習慣の変化(仕事を続けられなくなる、不自由な生活を強いられる、インスリンによる治療の開始など)や心理的ストレスは60歳以上の人よりも59歳以下の人で強いことが考えられます。

なお、自殺のみでみた場合には、どの年齢層でも糖尿病になったことがあるグループとなっていないグループのリスクの間に統計学的な差がみられませんでしたが、この背景としては事故と比較して自殺による死亡が少なく、統計学的な差が出にくいことがあると考えられます。

 

この研究について

今回の研究では研究開始時点で糖尿病になったことがあるかに関する情報のみを用いているため、研究開始時点では糖尿病なしのグループに入っているが、実際には追跡期間中に糖尿病になった人が含まれていると考えられます。この点を考慮したうえで本研究の結果を解釈する必要があります。もっとも、これは糖尿病になったことがあるグループの自殺・事故による死亡リスクを過小評価する方向に作用すると推察されます。また、今回の研究では、研究開始時点における糖尿病の重症度別の自殺・事故による死亡のリスクに関する分析は行われていません。

なお、われわれはこれまでに、多目的コホート研究からの成果として、がん診断後(https://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/3399.html)、および脳卒中後(https://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/3437.html)に自殺および事故による死亡のリスクが高いことを報告してきました。今回の研究の結果は、がんや脳卒中と同様、糖尿病になったことがある人においても自殺および事故による死亡のリスクが高まることを示唆するものです。本研究の結果は、特に59 歳以下の自殺・事故の予防を考えるうえで、糖尿病に伴ううつ病・心理的ストレスの適切なアセスメントと治療、および神経障害や網膜症、腎症などの合併症による身体的機能の低下に対するサポート・心理社会的ケアの充実が重要であることを示唆するものと考えられます。

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