トップ >多目的コホート研究 >現在までの成果 >アルコール、葉酸代謝酵素の遺伝子多型と飲酒量に基づく大腸がん罹患リスクについて
リサーチニュース

JPHCに関するお問い合わせはこちら
 


 

多目的コホート研究のメールマガジン購読申込みはこちら

多目的コホート研究(JPHC Study)

アルコール、葉酸代謝酵素の遺伝子多型と飲酒量に基づく大腸がん罹患リスクについて

―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―

 

私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古の9保健所(呼称は2016年現在)管内にお住まいだった方々のうち、40~69才の男女約3万8千人の方々を、平成15年(2003年)まで追跡した調査に基づいて、アルコール代謝と葉酸代謝に関連する遺伝子と飲酒量に基づく大腸がん罹患リスクとの関連を調べた結果を専門誌で論文発表しましたので紹介します(Sci Rep.2016 Nov 9;6:36607)。

今回調べた遺伝子はアルコール代謝酵素に関連する遺伝子3種類:アルコール脱水素酵素(Alcohol dehydrogenase 1B: ADH1B)、アセトアルデヒド脱水素酵素(Aldehyde dehydrogenase-2: ALDH2)、シトクロムP450 2E1(Cytochrome P450 2E1:CYP2E1)と、葉酸代謝に関連する遺伝子3種類:メチレンテトラヒドロ葉酸還元酵素(Methylenetetrahydrofolate reductase:MTHFR)、メチオニン合成酵素(Methionine synthase:MTR)、メチオニン合成酵素還元酵素(Methionine synthase reductase:MTRR)です。

飲酒は大腸がんリスクを上昇させる確立した要因です。飲酒による大腸がんリスクの上昇は、2つの代謝経路が関係していると考えられています。

① アルコール代謝経路:お酒に含まれるアルコールは代謝されてアセトアルデヒドとなり、アセトアルデヒドは更に代謝されて無害の酢酸となり、体外に排出されます。この代謝経路ではアセトアルデヒドが蓄積すると発がんが促進されると報告されています。
② 葉酸代謝経路:アルコールは葉酸の吸収を阻害することで体内の葉酸レベルを低下させます。葉酸が不足することでDNAの合成に異常をきたし発がんが促進されると報告されています。

それぞれの代謝経路に働く酵素の遺伝子(アルコール代謝に関連する遺伝子、葉酸代謝に関連する遺伝子)に見られる酵素の働きを変えることが知られている遺伝子多型に基づいて飲酒量と大腸がんリスクとの関連をみると、飲酒と大腸がんとの関連がより深く理解できる可能性があります。そこで、代表的なアルコール代謝に関連する遺伝子:ADH1B(rs1229984)、ALDH2(rs671)、CYP2E1(rs3813867)と葉酸代謝に関連する遺伝子:MTHFR(rs1801133、rs1801131)、MTR(rs1805087)、MTRR(rs1801394)に見られる遺伝子多型の影響を検討しました。

 

保存血液を用いた、コホート内症例対照研究

多目的コホート研究の対象者約14万人のうち、研究開始時に研究目的で血液を提供していただき、さらに質問表に回答していただいた約3万8千人を、2003年末まで追跡しました。追跡期間中に大腸がんを375例認めました。大腸がん1例ずつに対し、大腸がんにならなかった方から年齢・性別・居住地域・採血時・空腹時間の条件をマッチさせた2例を無作為に選んで対照グループに設定し、合計1125人を今回の研究の分析対象としました。
まず、飲酒量(全く飲まない~時々飲む、エタノール換算で150g未満/週、150g以上/週)、アルコール・葉酸代謝関連酵素の遺伝子多型のそれぞれが大腸がんリスクに与える影響を検討しました。その後、飲酒量とアルコール代謝・葉酸代謝関連酵素の遺伝子多型の組合せが大腸がんリスクに与える影響を検討しました。解析にあたっては、大腸がんリスクに関連する喫煙や身体活動などの他の要因による偏りが結果に影響しないように、統計学的に調整を行いました。

 

MTHFR(rs1801133)遺伝子多型は大腸がん罹患リスクに影響する

解析の結果、飲酒を全くしないか、時々飲む人に比べ、飲酒量が150g以上/週の人では約2.1倍大腸がんリスクが高いことが分かりました。さらにMTHFR(rs1801133)遺伝子多型のDNA合成が通常タイプに比べ、DNA合成が促進されるタイプでは約28%大腸がんリスクが低いことが分かりました(図1)。葉酸摂取量、ADH1BALDH2、CYP2E1、MTHFR(rs1801131)、MTRMTRR遺伝子多型と大腸がんリスクとの関連は見られませんでした。

 

大腸がん発症リスク 図1.飲酒量、MTHFR(rs1801133)遺伝子多型と大腸がんリスク

 

飲酒量と遺伝子多型を組み合わせたところ、飲酒を全くしないか、時々飲む人や飲酒量が150g以上/週の人では、MTHFR(rs1801133)遺伝子多型のDNA合成が通常タイプに比べ、DNA合成が促進されるタイプでは、大腸がんリスクが低くなる可能性が示唆されました。しかし、MTHFR(rs1801133)遺伝子多型のタイプによらず、飲酒量が増えるほど大腸がんリスクが高くなる傾向が見られました。(図2)。

 

大腸がん発症オッズ比 図2.飲酒量とMTHFR(rs1801133)遺伝子多型に基づく大腸がんリスク

 

この研究について

今回の結果より、MTHFR(rs1801133)遺伝子多型がDNA合成を促進するタイプで大腸の発がんリスクが低下している可能性が示唆されました。MTHFR(rs1801133)遺伝子多型のタイプによらず、飲酒量が増えるほど大腸がんリスクが高くなる傾向があるので、注意が必要です。今回の結果は、日本人において大腸がんになる前に収集した飲酒情報を用いた初めての報告なので、さらなる研究結果の蓄積が望まれます。

研究用にご提供いただいた血液を用いた研究の実施にあたっては、具体的な研究計画を国立がん研究センターの倫理審査委員会に提出し、ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針について審査を受けてから開始します。今回の研究もこの手順を踏んだ後に実施いたしました。国立がん研究センターにおける研究倫理審査については、公式ホームページをご参照ください。多目的コホート研究では、ホームページに多層的オミックス技術を用いる研究計画のご案内や遺伝情報に関する詳細も掲載しています。

 

上に戻る