多目的コホート研究(JPHC Study)
食物繊維摂取量と乳がんとの関連について
―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、新潟県長岡、茨城県水戸、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古の9保健所管内にお住まいだった方々のうち、平成7年(1995年)と平成10年(1998年)にアンケート調査に回答していただいた45〜74歳の女性約4万4千人を平成23年(2011年)まで追跡した調査結果に基づいて、食物繊維摂取量と乳がんリスクとの関連を調べました。その研究結果を専門誌に論文発表しましたので紹介します(Cancer Causes Control.2017 Jun;28(6):569-578)。
乳がんは、女性における罹患率が世界的に最も高いがんであり、日本人女性の乳がん罹患率は増加傾向にあります。乳がんの発生には、食事やホルモン関連のメカニズムが深く関わっていることが知られています。海藻類や豆類に多く含まれる水溶性食物繊維は、乳がんリスクに関わっているとされるインスリン抵抗性やインスリン様成長因子1を調整する効果があるとされています。しかし、その一方で、穀類や野菜に多く含まれている不溶性食物繊維は、乳がんリスクに関わっているとされる女性ホルモンのひとつであるエストロゲンの腸内吸収を抑制させる可能性があることが示唆されています。欧米の疫学研究からは一致した結果が得られておらず、日本では食物繊維摂取量に焦点を当てた先行研究はほとんど行われていません。そこで本研究では、食物繊維摂取量と乳がんリスクとの関連について検討しました。
研究方法の概要
今回の研究では、追跡期間中に、681人が乳がんに罹患しました。5年後調査のアンケート結果に基づいて総食物繊維摂取量、水溶性食物繊維量、不溶性食物繊維量、納豆及び米の摂取量を4つのグループに分け、グループ間での乳がん罹患リスクを比較しました。アンケート調査に含まれていた食品のうち、納豆は水溶性食物繊維、米は不溶性食物繊維を多く含む食品のため今回の分析に含めました。
食物繊維摂取量が非常に多いと乳がんリスクが低下
分析にあたり、初潮年齢、出産回数、喫煙、飲酒状況など、乳がんに関連する要因の影響を可能な限り統計的に取り除きました。その結果、総食物繊維摂取量、水溶性食物繊維量、不溶性食物繊維量、納豆及び米の摂取量と乳がん全体のリスクとの明らかな関連はみられませんでした(図1)。総食物繊維摂取量が最も多いグループを更に3つのグループに分けてみると、摂取量が非常に多いグループでは乳がんリスクの低下が見られました(図2)。一方、非喫煙者に限った解析や閉経状況別の解析では、統計学的に有意な関連はみられませんでした。
水溶性食物繊維の摂取量が多いほど、ホルモン受容体陰性乳がんのリスクが高くなりやすい
乳がん組織のホルモン受容体別にみると、水溶性食物繊維の摂取量が最も少ないグループに比べ、摂取量が最も多いグループにおいて、ホルモン受容体陰性(エストロゲン受容体とプロゲステロン受容体がともに陰性)乳がんのリスクが5.45倍高くなりました (傾向性p=0.03)(図3)。しかしながら、ホルモン受容体別の解析は症例数が限られており、この結果は慎重に解釈する必要があります。一方、食物繊維摂取量と他のホルモン受容体別の乳がんの関連はみられませんでした。
この研究について
今回の研究は、日本人における食物繊維摂取量とホルモン受容体別乳がん罹患との関連を検討した、初めての大規模なコホート研究になります。今回の結果では、食物繊維摂取量と乳がん全体のリスクとの関連はみられませんでしたが、総食物繊維摂取量の非常に多いグループでは、乳がんリスクが低下していました。一方で、水溶性食物繊維の摂取量が多いグループにおいて、ホルモン受容体陰性乳がんのリスク上昇が観察されました。しかしながら、摂取量の非常に多いグループやホルモン受容体別の検討では解析対象者が少なくなり、結果は慎重に判断する必要があります。食物繊維摂取量とホルモン受容体別乳がんに関する研究は国内外からもまだ少なく、今後さらなる研究結果の蓄積が必要です。