多目的コホート研究(JPHC Study)
アブラナ科野菜と肺がんとの関連について
―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古、大阪府吹田の10保健所(呼称は2017年現在)管内にお住まいだった、45~74歳の約8万人の方々を平成24年(2012年)まで追跡した調査結果にもとづいて、アブラナ科野菜摂取と肺がん罹患との関連を調べた結果を専門誌で論文発表しましたので紹介します(Journal of Nutrition 2017年)。
アブラナ科野菜は、イソチオシアネートという、DNA損傷の原因となる発がん物質の排出を高める作用が報告されている物質を多く含むことが知られています。アブラナ科野菜は肺がんリスクを低下させる可能性があることが近年注目されていますが、これまでの研究の大半はアブラナ科野菜の摂取量が少ない欧米で行われたものでした。また、肺がんに大きな影響を与える喫煙状況別に、アブラナ科野菜と肺がん罹患リスクの関連を検討した研究は少なく、結果は一貫していませんでした。そこで、私たちはアブラナ科野菜摂取量の多い日本人82,330人(男性38,663人・女性43,667人)におけるアブラナ科野菜と肺がん罹患リスクの関連を喫煙状況別に調べました。 本研究では、138項目の食物摂取頻度質問票(FFQ)の回答を用い、8項目のアブラナ科野菜(キャベツ、だいこん、こまつな、ブロッコリー、はくさい、チンゲンサイ、からしな、ふだんそう)より総アブラナ科野菜摂取量を推定し、それぞれ男女別の摂取量により4つのグループに分類しました。その後、アブラナ科野菜摂取量が一番少なかったグループを基準としてその他のグループで肺がんの罹患リスクが何倍になるかを調べました。
喫煙しない男性ではアブラナ科野菜の摂取が多いほど肺がんになりにくい
今回の結果は、何らかの症状による食生活の変化の影響をできるだけ除くため、調査開始から3年以内に肺がんと診断された人を除いた場合の結果を示しています。2012年までの追跡の結果、1499人(男性1087人・女性412人)が肺がんと診断されました。男性全体ではアブラナ科野菜摂取と肺がんリスクとの間に有意な関連はみられませんでしたが、アブラナ科野菜の摂取量が多い非喫煙者で、肺がんリスクが51%低くなっていました。また、過去喫煙者でも肺がんリスクが41%低くなることが明らかとなりました(図)。一方、女性では全体でも喫煙状況別にみても、アブラナ科野菜摂取と肺がん罹患リスクとの間に関連はみられませんでした。
なお、個別のアブラナ科野菜と肺がんリスクの関連を調べたところ、キャベツの摂取量が多い男性の非喫煙者で、43%肺がんリスクが低くなっていました。その他のアブラナ科野菜では男女ともに関連はみられませんでした。
メカニズムを明らかにするにはさらなる研究が必要
今回の研究では、日本人集団において、男性の非喫煙者および過去喫煙者で、肺がんリスクが低くなることが示されました。アブラナ科野菜には抗がん作用のあるイソチオシアネートの他、葉酸、ビタミンC、ビタミンE、カロテンなどの生理活性物質が多く含まれることにより、リスクの低下がみられたと考えられます。今回の研究では情報が不足していたため、禁煙してからの年数を考慮できていませんが、過去喫煙者についても同様の結果が得られました。しかし、アブラナ科野菜に特異的なイソチオシアネートのがん抑制作用のメカニズムについては、動物実験では報告があるものの、ヒトにおいてはよく分かっていないのが現状です。
一方、男性の喫煙者で関連がみられなかった理由としては、たばこの煙に含まれる発がん物質がアブラナ科野菜のがん抑制作用を上回っている可能性や、統計学的に調整を行っても喫煙の影響を取り除けなかったことなどが考えられます。また、女性の非喫煙者に関しては、受動喫煙の影響を排除できなかったことなどにより、関連がみられなかった可能性があります。
イソチオシアネートは調理の影響をうけますが、今回の質問票ではアブラナ科野菜の調理方法までは考慮できていません。今後、アブラナ科野菜に含まれるイソチオシアネートと肺がんのより正確な関連を調べるためには、尿中に排出されるイソチオシアネートの代謝物を用いた検討を行うことが求められます。