多目的コホート研究(JPHC Study)
食事の酸塩基バランスと死亡との関連について
―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防や健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、東京都葛飾区、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古、大阪府吹田の11保健所(呼称は2016年現在)管内にお住まいだった40~69歳の方々に食事調査を含む生活習慣についてのアンケートに回答いただきました。5年後の平成7年(1995年)と平成10年(1998年)には、詳しい食生活調査を含む2回目のアンケートに回答いただきました。循環器疾患、がん、肝疾患のいずれにもかかっていなかった男女約9万人の方々を、2回目の調査時点から平成26年(2014)年まで追跡しました。この調査データにもとづいて、食事の酸塩基バランスと死亡との関連を調べた結果を専門誌に報告しましたので紹介します(Am2017 J Clin Nutr. Jul;106(1):146-154)。
食事性酸塩基負荷とは
果物、野菜、豆類などのアルカリ食品が少なく、肉、魚などの酸性食品を多く含む食事は、血液が酸性に傾いた状態(代謝性アシドーシス)を導き、そのことが心血管代謝危険因子に好ましくない影響を与えるのではないかと考えられています。本研究では、食事の酸塩基バランスを表す潜在的腎臓酸負荷(PRALスコア)と推定内因性酸産生量(NEAPスコア)を計算しました。
PRAL(mEq/d)=0.4888×たんぱく質(g/d)+0.0366*リン(mg/d)-0.0205×カリウム(mg/d)-0.0125×カルシウム(mg/d)-0.0263×マグネシウム(mg/d)
NEAP(mEq/d)= =[54.5×たんぱく質(g/d)/カリウム(mEq/d)]-10.2
いずれも値が高いほうが食事の酸性度が高いことを意味します。
食事の酸性度スコアが高いほど死亡のリスクが上昇
研究開始から5年後に行ったアンケート調査のデータを用いて、たんぱく質、リン、カリウム、カルシウム、マグネシウムの摂取量を推定し、PRALおよびNEAPを算出しました。このスコアにより4つのグループに分類し、その後17年間(中央値)の死亡(総死亡・がん死亡・循環器疾患死亡・心疾患死亡・脳血管疾患死亡)との関連を調べました。分析にあたって、年齢、性別、地域、肥満度、喫煙、飲酒、身体活動、糖尿病・高血圧・脂質異常症の病歴、職業、エネルギー摂取の影響をできるだけ取り除きました。 その結果、食事の酸性度(PRAL)が高いほど死亡のリスクが上昇する傾向が認められ、スコアが最も低い群に比べ最も高い群では総死亡のリスクが13%増加していました(図)。死因別にみると、循環器疾患死亡および心疾患死亡との間で統計的に有意な関連を認め、スコアが最も低い群に比べ最も高い群において死亡リスクはどちらも16%増加していました。脳卒中については統計学的に有意ではないものの、スコアの増加に伴い死亡リスクが上昇する傾向を認めました。がん死亡との関連はみられませんでした。もうひとつの食事酸性度の指標であるNEAPについても同様の結果が得られました。
本研究は食事の酸塩基バランスと死亡との関連を調べたアジアで初めての研究です。欧米ではスウェーデンからの報告があり、本研究と同様、食事の酸性度が高いほど総死亡及び循環器疾患死亡のリスクが上昇することが報告されています。血液や尿から体の酸塩基バランスを調べた韓国の研究でも循環器疾患のリスクが高まることが報告されています。酸性に傾いた食事が死亡リスクを高めるメカニズムははっきり分かっていませんが、こうした食事により、体重が増え、インスリン抵抗性が高まり、糖尿病・高血圧・脂質異常症といった疾患が引き起こされ、結果として動脈硬化が進むことが想定されています。本研究では体重や糖尿病等の既往は考慮しているため、こうした病態の背後にあるインスリン抵抗性が様々なメカニズムを介して循環器疾患のリスクを高めているのではないかとも考えられます。 今回、酸性度の高い食事と死亡リスク、特に循環器疾患の死亡リスクの増加との関連が認められました。野菜、果物、豆類といった体内のアルカリ度を高める食品を多く摂取することは循環器疾患の予防により健康寿命の延伸に役立つかもしれません。しかし、疫学的なエビデンスは十分とはいえないため、さらなる研究が必要です。