多目的コホート研究(JPHC Study)
魚介類・n-3不飽和脂肪酸摂取とうつ病との関連について
―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)に長野県佐久保健所管内の南佐久郡8町村(1990年時点)にお住まいだった、40~59歳の約1万2千人のうち、平成26-27年(2014-15年)に行った「こころの検診」に参加した1,181人の追跡調査にもとづいて、魚介類・n-3不飽和脂肪酸(=n-3系脂肪酸)摂取とうつ病との関連を調べた結果を専門誌で論文発表しましたので紹介します(Translational Psychiatry 2017年発行)。
近年、適切な栄養を摂取することは、うつ病の予防法の一つとして注目されており、栄養の中でも魚、特に青魚に多く含まれるn-3系脂肪酸とうつ病の関連を調べる研究が欧米諸国で多く行われています。うつ病に対してn-3系脂肪酸が効果を示すメカニズムは十分には明らかにされていませんが、n-3系脂肪酸には抗炎症、免疫調整、神経伝達物質調整、神経保護など多様な作用があり、それらが抗うつ効果を示すのではないかと考えられています。複数の研究結果をまとめたメタアナリシスでは、うつ病患者は健常者と比べて血液中のn-3系脂肪酸が低いこと、n-3系脂肪酸サプリメント(なかでもn-3系脂肪酸の一つであるエイコサペンタエン酸(EPA)含有率が高いもの)がうつ病治療に有益であることなどが報告されています。さらに、2016年に報告された、31編の疫学研究をまとめたメタアナリシスでは、1日50gの魚摂取、1.8gのn-3系脂肪酸摂取でうつ病の発症リスクを最も下げることが報告されました。しかしながら、魚介類の摂取量が比較的多い日本人のデータがわずかしか含まれておらず、また、精神科医によるうつ病診断が厳密に行われた研究も含まれていませんでした。そこで、私たちは、日本人における魚介類・n-3系脂肪酸摂取と精神科医により診断されたうつ病との関連を調べました。
魚介類を1日111g食べるグループでうつ病のリスクが低下
1,181人のうち、95人が精神科医によってうつ病と診断されました。今回の研究では、対象者をアンケート調査結果から算出した魚介類(さけ・ます、かつお・まぐろ、あじ・いわし、しらす、タラコといった魚卵、ウナギ、イカ、タコ、エビ、アサリ・シジミといった貝類、かまぼこといった加工食品、干物、など19質問項目を使用)と、n-3系脂肪酸の摂取量で4つのグループに分け、最も摂取量が少ないグループに比べた時の、その他のグループでのうつ病のリスクを調べました。その結果、1日に57g(中央値)魚介類を食べるグループと比較して、1日に111g(中央値)魚介類を食べるグループでうつ病リスクの低下がみられました。同様にn-3系脂肪酸摂取とうつ病との関連では、エイコサペンタエン酸(EPA)を1日に200mg(中央値)摂取するグループと比較して、1日307mg(中央値)摂取するグループ、また、ドコサペンタエン酸(DPA)を1日に67mg(中央値)摂取するグループと比較して、1日123mg(中央値)摂取するグループでうつ病リスクの低下がみられました(図)。他のn-3系脂肪酸とうつ病との明らかな関連は見られませんでした。魚介類およびドコサペンタエン酸(DPA)とうつ病の関連は、がん、脳卒中、心筋梗塞、糖尿病、うつ病の既往で統計学的に調整しても変化はありませんでした。
今回の検討から魚介類・n-3系脂肪酸摂取とうつ病には、とればとるほどリスクが下がる、というような関連ではなく、ある量でリスクが下がり、それ以上とると影響がみられなくなることが示されました。中年期の魚介類・n-3系脂肪酸摂取が精神科医による高齢期のうつ病診断と関連していたというのは世界初の結果であり、魚摂取と精神科医による診断ではないうつ病との関連をまとめたメタアナリシスの結果を支持するものでした。ある量以上をとると影響が見られなくなる理由は不明ですが、魚介類摂取量が多い人は野菜摂取量が多く、また、炒めて調理している傾向が強いことも報告されていることから、n-6系不飽和脂肪酸(サラダ油に含まれ、炎症を惹起する)の摂取量が増えたことで、n-3系脂肪酸の予防的効果が打ち消されたのかもしれません。
ドコサペンタエン酸DPAとうつ病
n-3系脂肪酸のなかで、エイコサペンタエン酸(EPA)のうつ病に対する有効性は複数の研究で報告されていましたが、ドコサペンタエン酸(DPA)についてはほとんど知られていませんでした。ドコサペンタエン酸(DPA)がもつ、炎症防御作用を介してうつ病予防効果を発揮したのかもしれません。
さらなる研究結果の蓄積が必要
本研究では、該当地域の14%の対象者しか調査に参加していないため、示された結果は一般的な集団と異なる可能性があります。
また、本研究などで用いられる食物摂取頻度アンケート調査は、摂取量による相対的なグループ分けには適していますが、それだけで実際の摂取量を正確に推定するのは難しく、また年齢や時代・居住地域などが限定された対象集団の値を一般化することは適当とは言えませんので、ここに示した摂取量はあくまで参考値にすぎません。今後は、それらを考慮した、さらなる研究結果の蓄積が必要です。