多目的コホート研究(JPHC Study)
血液中分岐鎖アミノ酸濃度と膵臓がん罹患の関連について
―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立つような研究を行っています。平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古、大阪府吹田の10保健所管内(呼称は2018年現在)にお住まいだった40~69歳の約3万人の男女を、平成21年(2009年)末まで追跡した結果に基づいて、血液中分岐鎖アミノ酸濃度と膵臓がん罹患の関連について検討しました。その研究結果を論文発表しましたので紹介します(Gastroenterology.2018 Nov;155(5):1474-1482.e1)。
膵臓がんは予後の悪いがんで、膵臓がんの高リスク群を同定するマーカーをみつけることが重要です。分岐鎖アミノ酸にはバリン、ロイシン、イソロイシンという3種のアミノ酸があり、血液中の分岐鎖アミノ酸濃度は肥満や糖尿病罹患リスクと比較的強く相関することが報告されています。また、肥満や糖尿病があると膵臓がん罹患リスクが高いことが知られており、肥満や糖尿病と相関する分岐鎖アミノ酸濃度は、膵臓がん罹患リスクとも関連することが予想されます。近年アメリカのコホート研究で、血液中の分岐鎖アミノ酸濃度が高いほど膵臓がん罹患リスクが高かったことが報告されましたが、他の国での報告がまだないことから、日本人においても関連が認められるのかを検討しました。
保存血液を用いた、コホート内症例対照研究
今回の研究では、調査開始時のアンケートにご回答下さり、健診などの機会に血液をご提供下さった40~69歳の男女約3万人から、平成21年(2009年)末までの追跡期間中に膵臓がんと診断された170名を症例としました。症例1名に対し性・年齢等がマッチする対照2名を無作為に抽出し(340名)、計510名を今回の研究の分析対象としました。今回の研究では、がんに罹患する前の保存血液を用いて、血液中の分岐鎖アミノ酸濃度の測定を行いました。
血液中分岐鎖アミノ酸濃度が高いほど膵臓がんの罹患リスク上昇と関連
図1に示すように、全症例とその対照を含めた解析では、血液中分岐鎖アミノ酸濃度が高いと、その後の膵臓がん罹患リスクが高くなるという統計学的に有意な関連を認めました。図2に示すように、研究開始から膵臓がんと診断された期間を10年以上と10年未満で区分すると、研究開始から10年目以降に膵臓がんと診断された症例とその対照に限定したグループで、血液中分岐鎖アミノ酸濃度が高いとその後の膵臓がん罹患リスクが高くなるという統計学的に有意な関連が見られました。
図1 血液中分岐鎖アミノ酸濃度とその後の膵臓がん罹患との関連
<全症例とその対照を含めた解析>
図2 年数による血液中分岐鎖アミノ酸濃度とその後の膵臓がん罹患との関連
<研究開始から10年以内又は10年目以降に膵臓がんと診断された症例とその対照に分けた解析>
まとめ
本研究の結果から、膵臓がんと診断される前の血液中の分岐鎖アミノ酸濃度が高いほどその後の膵臓がん罹患のリスクが高いという関連が認められました。この点はアメリカのコホート研究の結果と一致しており、分岐鎖アミノ酸濃度が膵臓がん罹患と正に関連することを強く示唆するものです。今回の研究では、アメリカの研究結果とは異なり、特に研究開始から10年目以降に膵臓がんと診断された症例とその対照に限定した場合に血液中の分岐鎖アミノ酸濃度と膵臓がんリスクの関連を認めたことから、血液中の分岐鎖アミノ酸濃度が上昇していた人ではその先10年以降の膵臓がんリスクが高かったと解釈できます。血液中の分岐鎖アミノ酸濃度は食事からの分岐鎖アミノ酸摂取量との相関は弱く、メカニズムは明らかでありませんが、肥満や糖尿病罹患と関連することが知られています。研究開始時の分岐鎖アミノ酸濃度が低い人に比べ濃度が高い人で、より多くの人が追跡期間中に肥満や糖尿病になったために研究開始から10年目以降に膵臓がんリスクが高まっていたのかもしれません。しかし、本研究では一部の対象者の分岐鎖アミノ酸濃度しか測定していなかったため、研究開始時の分岐鎖アミノ酸濃度とその後発生する肥満や糖尿病と膵臓がんとの関連を解析することができませんでした。膵臓がんを予測するマーカーを同定するには、今後更なる研究が必要です。
多目的コホート研究の参加者からご提供いただいた血液を用いた研究は、国立がん研究センターの倫理審査委員会の承認を得た研究計画をもとに、「疫学研究に関する倫理指針」や「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」などに則って実施されています。国立がん研究センターにおける研究倫理審査については、公式ホームページをご参照ください。
多目的コホート研究では、ホームページで保存血液を用いた研究のご紹介を行っております。