多目的コホート研究(JPHC Study)
肝酵素と全死亡リスクの関連について
―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成5年(1993年)に、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古、大阪府吹田の6保健所(呼称は2018年現在)管内にお住まいだった、40~69歳の男女約2万人を平成24年(2012年)まで追跡した調査結果にもとづいて、肝酵素と全死亡リスクの関連を調べた結果を専門誌で論文発表しましたので紹介します(Liver Int.2019 Aug;39(8):1566-1576)。
健康診断でも測定される血液中のAST(GOTとも呼ばれる)、ALT(GPTとも呼ばれる)、GGT(γ-GTPとも呼ばれる)といった酵素は、特に肝臓の細胞に多く含まれることから肝酵素と呼ばれています。これらの肝酵素は、肝炎ウイルス感染やアルコール性肝疾患、非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)などの肝疾患で上昇します。
肝炎ウイルスの中でも、B型肝炎ウイルス(HBV)とC型肝炎ウイルス(HCV)の感染は、肝硬変や肝がんの重要なリスク因子です。肝炎ウイルス感染がない場合に、肝酵素と全死亡リスクの関連について調べた研究はいくつかありますが、その結果は一致していません。
そこで、肝炎ウイルス(HBV、HCV)感染の有無で分けて、研究開始時の肝酵素の値と全死亡リスクの関連について検討しました。
肝酵素値が高いほど全死亡リスクが上昇する
それぞれの肝酵素の値について、先行研究において肝酵素値の正常上限とされる値(ASTとALTは30IU/l、GGTは50IU/lと定義)以下、正常上限からその2倍まで、正常上限の2倍以上の3つのグループに分け、その後の追跡期間中(約19.1年)に確認された死亡(全死亡、肝疾患以外での死亡)との関連を調べました。その結果、肝炎ウイルス感染がない場合(図1)でもある場合でも、肝酵素値が高いほど、全死亡リスクが上昇していました。また、肝炎ウイルス感染がない場合は、女性のALTを除いて、肝酵素値は肝疾患以外での死亡とも関連がみられました(図2)。
※年齢、地域、BMI、喫煙状況、飲酒状況、コーヒー摂取、身体活動、エネルギー摂取量、高血圧、高血糖、脂質異常症を統計学的に調整
肝酵素値が正常範囲内であっても、肝炎ウイルス感染がある場合には全死亡リスクが高い
肝酵素値が同程度であっても、肝炎ウイルス感染の有無により死亡リスクが異なるかについて検討しました。肝酵素値が正常上限を下回っていても(肝酵素が正常であっても)、肝炎ウイルス感染がない場合(-)に比べて、感染がある場合(+)には全死亡リスクが1.2~1.5倍に上昇していました(図3の赤枠部分、女性のAST、ALTを除く)。
※年齢、地域、BMI、喫煙状況、飲酒状況、コーヒー摂取、身体活動、エネルギー摂取量、高血圧、高血糖、脂質異常症を統計学的に調整
この研究からわかること
本研究結果から、肝炎ウイルス感染がない場合、肝酵素値は全死亡リスクのみならず、肝疾患以外による死亡リスクとも関連があることがわかりました。この理由として、肝酵素値を上昇させている肝疾患と、死亡の原因となった肝臓以外の疾患に共通の原因があることが挙げられます。例えば、過剰な飲酒はアルコール性肝疾患の原因となりますが、同時に心血管疾患やがんのリスクを高めることが知られています。また、運動や食事などの生活習慣が関与する肥満や糖尿病、脂質異常症は、NAFLDだけでなく、心血管疾患の発症リスクも高めます。肝酵素値が上昇し、特に肝炎ウイルス感染がないことがわかっている場合には、生活習慣を見直すことも重要です。
また、肝酵素値が正常範囲内にあっても、肝炎ウイルス感染がない場合に比べて、感染がある場合には全死亡リスクの上昇がみられました。これまで肝炎ウイルス感染について検査を受けたことがない場合には、たとえ肝酵素値が正常であっても、一度は肝炎ウイルス検査を受けることが重要です。