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多目的コホート研究(JPHC Study)

糖尿病とその後のがんの関連について:メンデルのランダム化解析

―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―

 

私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・虚血性心疾患・糖尿病などとの関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防や健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古の9保健所(呼称は2019年現在)管内にお住まいだった方々のうち、ベースライン調査のアンケートにご回答下さり、健診などの機会に血液をご提供下さった40~69歳の男女約3万3千人の方々を、平成21年(2009年)末まで追跡調査を行いました。追跡期間中に、3,541人のがん罹患が確認されました。これに対し、同じ約3万3千人の方々の中から、10,536人を無作為に選んで対照グループに設定しました。今回の研究では、がんに罹患する前の保存血液を用いて、2型糖尿病と関連した遺伝子多型を調べました。その遺伝子多型の情報を用いて、糖尿病とがんの関係をメンデルのランダム化解析を行い、専門誌で論文発表しましたので紹介いたします(Int J Cancer.2020 Feb 1;146(3):712-719)。 

 

メンデルのランダム化(Mendelian randomization)解析

これまでの国内外から発表された前向きコホート研究結果から、糖尿病(特に2型糖尿病)を有すると、糖尿病がない人に比べて、膵臓がん、肝臓がん、大腸がんなどのがん発生リスクが高いことが報告されています。しかし、糖尿病がない人と比べ、糖尿病を有する人では、年齢や生活習慣などの背景が異なり、それらの多くはがんの危険因子であることも知られています。通常、コホート研究では多変量解析によりそれらの因子を統計学的に補正しますが、未知の因子や未測定の因子については補正できず、この現象は残余交絡と呼ばれます。近年、残余交絡が存在しても、前提条件(※)を満たせば、因果効果を推測できるメンデルのランダム化法が注目されています。曝露に関連する一塩基多型などの遺伝子多型は、メンデルの法則により生まれる時にランダムに選択されるため、リスクアレルを持つ群と持たない群の間の背景因子の分布は等しくなると想定されます。このことを利用して、メンデルのランダム化法では、曝露因子と疾病との間の因果関係について推測する研究手法です。

※メンデルのランダム化法では、①遺伝子多型が曝露と関連していること、②遺伝子多型が曝露を介してのみがんの発生に影響すること、③遺伝子多型とがんの発生との間に交絡因子が存在しないこと、の3つが前提条件を満たす必要があります。

 

メンデルのランダム化解析:2型糖尿病が、がんに関連するという、強い遺伝的なエビデンスは得られなかった

本研究では、すでに知られている29個の2型糖尿病感受性遺伝⼦多型(遺伝情報に関する詳細はこちらをご覧ください[遺伝子情報に関する詳細])を⽤いて、メンデルのランダム化解析により、糖尿病とがん全体および部位ごとのがんリスクとの関連を分析しました。その結果、ある集団の糖尿病の有病率が倍になることによるがん罹患リスクは、がん全体で1.03倍(95%信頼区間:0.92〜1.15)、大腸がんで0.90倍(0.74〜1.10)、肝臓がんで0.80倍(0.57〜1.14)、膵臓がんで1.08倍(0.73〜1.59)と推計されました(下図)。 

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この研究について

今回の遺伝的なアプローチによる検討では、日本人集団において2型糖尿病が、がんに関連するという、強い遺伝的なエビデンスは得られませんでした。この研究は、メンデルのランダム化解析を用いて2型糖尿病と全がんおよび部位別のがんリスクとの関連を検討した初めての研究です。多目的コホート研究では、本研究に先立ち、糖尿病の既往があると、ない場合に比べて、膵臓がん、肝臓がん、大腸がんなどの罹患リスクが高いという報告をしています(糖尿病とその後のがん罹患との関連について)。糖尿病の既往者で、がんリスクが上昇する理由としてはインスリン抵抗性とそれに伴う高インスリン血症、高血糖、慢性炎症が想定されています。最近、国際がん研究機関が7,110人の膵臓がん症例と7,264人の対照を対象としたメンデルのランダム化解析を実施し、糖尿病は膵臓がんと関連していませんでしたが、高インスリン血症は膵臓がんと関連していることを報告しました。したがって、先行研究において糖尿病の既往者のがんリスクが高かった理由は、糖尿病そのものではなく、高インスリン血症やインスリン抵抗性を介してがんのリスクを上げたものと推測されます。

本研究では、がんの部位別にみると罹患数は少なく、本来みられるはずの関連がみられなかった可能性も否定できません。しかし、確認のための追加解析として、⽇本⼈における6,692人の⼤腸がん症例と27,178人の対照による⼤規模ゲノムワイド関連解析の公開データを⽤いて解析しましたが、大腸がんのリスクは1.00倍(0.93〜1.07)であり、糖尿病と大腸がんとの間の強い遺伝的エビデンスは得られませんでした。今後、日本人やアジア人を対象とした血糖値や高インスリン血症とがんリスクに関する大規模なメンデルのランダム化研究が実施されることで、更なるエビデンスが得られることが望まれます。

研究用にご提供いただいた血液を用いた研究の実施にあたっては、具体的な研究計画を国立がん研究センターの倫理審査委員会に提出し、ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針について審査を受けてから開始します。今回の研究もこの手順を踏んだ後に実施いたしました。国立がん研究センターにおける研究倫理審査については、公式ホームページをご参照ください。多目的コホート研究では、ホームページに多層的オミックス技術を用いる研究計画のご案内や遺伝情報に関する詳細も掲載しています。

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