多目的コホート研究(JPHC Study)
成人期の肥満度と胃がん罹患との関連について
―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防や健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古、大阪府吹田の10保健所(呼称は2019年現在)管内にお住まいだった方々のうち、がんになっていなかった40~69歳の男女約9万人を、平成25年(2013年)まで追跡した結果に基づいて、調査開始時の肥満度(Body Mass Index; BMI)と、その後の胃がん罹患との関連を調べました。その研究結果を論文発表しましたので紹介します(Cancer Epidemiology 2019年, 12月)。
胃がんの罹患部位は、胃の入り口に近い噴門部、中心部の胃体部、胃の出口で十二指腸につながっている幽門部に分類できますが、それぞれの部位に対する危険因子は異なる可能性が示唆されています。
世界がん研究基金の報告によると、肥満は噴門部の胃がんの危険因子であることが示唆されています。しかし、肥満と胃がんの関連を評価した研究の多くは比較的胃がん罹患率の低い欧米諸国で行われている一方、胃がん罹患率の高い日本からの報告は少数にとどまっており、その関連性はよくわかっていません。そこで、日本人において、肥満度と胃がん全体、さらに噴門部を含む近位部、それ以外の非近位部に分けた場合の胃がんリスクとの関連を検討しました。
肥満は男性の胃がん全体の罹患リスクの増加と関連
研究開始時のアンケート調査から、調査時のBMI[体重(kg)÷身長(m)2]を算出し、それを5つのグループ(<19, 19-<23, 23-<25, 25-27, ≥27kg/m2)に分けて、その後の胃がん罹患リスクを比較しました。本研究の追跡調査中に、2,860人の胃がん、307人の近位部胃がん、1,967人の非近位部胃がんの罹患が確認されました。男女別に解析を行ったところ、男性ではBMI23-25のグループと比較してBMI27以上のグループで統計学的有意に胃がん全体のリスクが上昇していました(図1)。女性では統計的に有意な関連は見られませんでした。
図1 男性における肥満度(BMI)と胃がんリスク
年齢、地域、喫煙状況、飲酒状況、塩分摂取、家族歴で統計学的に調整
肥満度とピロリ菌、萎縮性胃炎と胃がん罹患の関連について
胃がんはピロリ菌感染や萎縮性胃炎と関連の深いことが知られています。そのため、対象者のうち、研究開始時の萎縮性胃炎およびピロリ菌感染状況が確認されている約2万人について、BMIとその後の胃がん罹患との関連を検討したところ、萎縮性胃炎あり、ピロリ菌感染あり、及びどちらかがありのいずれの場合でも、BMI23-<25のグループと比較してBMI≥27のグループで近位部胃がんリスクに統計的に有意な上昇が認められました(図2)。
図2 萎縮性胃炎の有無やピロリ菌感染状況による肥満度(BMI)と近位部胃がんリスク
年齢、性別、地域、喫煙状況、飲酒状況、塩分摂取、家族歴で統計学的に調整
日本人における肥満度と胃がんの関連性について
本研究の結果から、日本人男性においてのみ、BMI27以上で胃がん全体の罹患リスクが上昇することが示唆されました。一方、女性では、肥満と胃がん罹患リスクとの関連が見られませんでした。なぜこのような男女差があるのか、そのメカニズムについてはよく解明されていません。女性ホルモン分泌量の多い閉経前の女性の胃がんリスクが低いことや、女性ホルモンへの曝露期間が長いほど胃がんリスクが低いことが報告されています。主要な女性ホルモンであるエストロゲンは、脂肪の燃焼を促し、肥満に予防的に働くことが知られています。女性では、女性ホルモンが肥満予防及び胃がん予防に関与していることにより、肥満による胃がんリスクの増加が見えにくくなっている可能性が考えられます。
近位部の胃がんについては、本研究では、BMI27以上かつ萎縮性胃炎、ピロリ菌感染、あるいは少なくともどちらかの検査で陽性だったグループで、罹患リスクの上昇をみとめました。韓国で行われた研究では、ピロリ菌に感染しているBMI25以上の男性で胃がん罹患との関連がみられています。肥満が関与していると考えられる近位部胃がんには逆流性によるものとピロリ菌感染によるものの2つのタイプがあるとされています。ピロリ菌感染者が多い地域ではピロリ菌感染が近位部胃がんの発生にも少なからず関与していると考えられます。
本研究では、萎縮性胃炎が無く、ピロリ菌にも感染していないグループにおいて近位部胃がんに罹患した方がいなかったため、統計学的に関連性を十分に評価することができなかったことなどが研究の限界としてあげられます。今後、日本やアジア全体のコホート研究の統合解析など、さらなる検討が必要です。