多目的コホート研究(JPHC Study)
10年間で頭頚部食道がんに罹患する確率について―飲酒とアルデヒド脱水素酵素遺伝子の多型を考慮した予測モデルの構築
―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・虚血性心疾患・糖尿病などとの関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防や健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古の9保健所(呼称は2018年現在)管内にお住まいだった方々で、調査アンケートに回答し、血液を提供いただいた40~69歳の男性を、平成21年(2009年)まで追跡した結果に基づき、飲酒とアルデヒド脱水素酵素遺伝子の多型との交互作用(注1)を考慮した上で、10年間で頭頚部食道がん(口腔・咽頭・食道・喉頭がん)に罹患する確率を予測するモデルを作成し、専門誌に論文発表しましたので紹介します(Cancer Sci.2018 Mar;109(3):854-862)。
(注1)ある因子のレベルによって、もう一方の因子の作用が異なる場合に交互作用があるといいます。今回の場合は、ALDH2(aldehyde dehydrogenase 2)(rs671)の遺伝子型によって、飲酒と頭頚部食道がんリスクとの関連が異なることを示しています。
保存血液を用いた症例コホート研究について
多目的コホート研究のベースライン調査において、調査アンケートに回答し、健診などの機会に血液をご提供下さった40歳から69歳の男性約1万2千人を2009年まで追跡したところ、108人が頭頚部食道がんに罹患しました。これに対して、同じ対象者の方々の中から、4049人を無作為に選んで対照グループとし、症例コホートを設定しました。さらに、予測モデルの確からしさを確認するために、ベースライン調査には参加せずに5年後調査のみに参加した男性の方々を対象として、頭頚部食道がん罹患31人、対照グループ1527人からなる症例コホートを設定しました。
アルデヒド脱水素酵素の遺伝子型と飲酒との交互作用について
飲酒により摂取されたエタノールは、体内でアセトアルデヒドに分解されますが、このアセトアルデヒドには発がん作用があることが知られています。また、アセトアルデヒドはアルデヒド脱水素酵素により分解されますが、この酵素の元となるALDH2の代表的な一塩基多型(rs671)には、グルタミン酸 (Glu)とリジン (Lys) の遺伝暗号を持つ遺伝子型あり、リジンの遺伝暗号を持つ遺伝子型では、その作用が弱いことが知られています[遺伝子情報に関する詳細(https://epi.ncc.go.jp/jphc/730/2853.html#index07)]。したがって、同じ飲酒量でも、アセトアルデヒドの分解作用が弱いリジンの遺伝暗号を持つ遺伝子型の方は、頭頚部食道がんのリスクがより高まる可能性が考えられます。実際に先行研究においても、リジンの遺伝暗号を持つ遺伝子型において顕著ながんのリスク増加がみられるという交互作用を示す結果が報告されてきました。
飲酒者のうちアルデヒド脱水素酵素の作用が弱い遺伝子型を持つ人では頭頚部食道がんのリスク増加が顕著
頭頚部食道がんのリスク因子として飲酒があります。今回は、飲酒者を非飲酒者・週5日未満またはエタノール摂取量が1日23g未満(注2)の飲酒者(中等度以下の飲酒者)と、週5日以上かつエタノール摂取量が1日23g以上の飲酒者(過剰飲酒者)の2グループにわけました。また、ALDH2のrs671多型についても、グルタミン酸の遺伝暗号のみを持つ遺伝子型(Glu/Glu)とリジンの遺伝暗号を持つ遺伝子型(Glu/LysまたはLys/Lys)の2グループに分け、飲酒状況と遺伝子型の組み合わせにより頭頚部食道がんリスクを検討しました。その結果、中等度以下の飲酒者(ALDH2 (rs671)の遺伝子型によらず)に比べて、過剰飲酒者かつリジンの遺伝暗号を持つ遺伝子型のグループでは、頭頚部食道がんのリスクが6倍高いことがわかりました(図1)。また、統計学的にも遺伝子型による有意な交互作用がみられ、今回の検討でも先行研究と同じ結果が示されました。
(注2)エタノール23gは、日本酒なら1合、ビールなら大瓶1本、焼酎や泡盛なら1合の2/3、ウィスキーやブランデーならダブル1杯、ワインならボトル1/3程度に含まれるエタノール量に相当します。
図1. 飲酒とアルデヒド脱水素酵素遺伝子の多型との組み合わせと頭頚部食道がんリスクとの関連
頭頚部食道がんの予測モデルについて
次に、頭頚部食道がんの確実なリスクである喫煙と飲酒に、年齢を加えた3つ変数から構成されるモデル(環境因子モデル)と、喫煙と飲酒、年齢に加えて、飲酒に関するALDH2のrs671多型を考慮したモデル(遺伝環境交互作用モデル)を作成し、2つのモデルの予測能を比較しました。その結果、環境因子モデルに比べて遺伝環境交互作用モデルでは、確率の低い人はより低く、また高い人はより高くなる方向で、予測値が改善する傾向が見られました。これらのモデルは、予測モデルの確からしさを検討した症例コホートにおいても、同様の予測能の改善がみられました。
遺伝環境交互作用モデルにより10年間に頭頚部食道がんに罹患する確率を予測
さらに、年齢、喫煙状況、飲酒とALDH2(rs671)の遺伝子型をグループに分け、それぞれのグループにおいて、10年間に頭頚部食道がんに罹患する確率を表に示しました(表1)。最もリスクが低いグループは、50歳未満、非喫煙者、ALDH2(rs671)の遺伝子型に関わらず中等度以下の飲酒者の場合で、10年間の頭頸部がんの罹患確率は0.09%でした。一方、最も高いグループは、60歳以上、現在喫煙者、過剰飲酒者かつリジンの遺伝暗号を持つ遺伝子型の場合で、10年間の確率は6.05%でした。
この研究について
飲酒とALDH2(rs671)の遺伝子型の組み合わせと頭頚部食道がんリスクとの関連について検討した結果から、過剰飲酒者のうちリジンの遺伝暗号を持つ遺伝子型のグループではリスク増加が顕著であり、遺伝子型の違いによって飲酒の頭頸部食道がんの罹患リスクが異なるという交互作用がみられました。この交互作用を考慮した頭頚部食道がんの予測モデルでは、確率の低い人はより低く、また高い人はより高くなる方向で、罹患確率の分類が改善することが示されました。
さらに、このリスク予測モデルに基づき10年間に頭頚部食道がんに罹患する確率の予測値を示しましたが、これらの値は、予測モデルの確からしさを検討した症例コホートで観察された確率とも、大きな違いはありませんでした。
しかしながら、予測モデルの確からしさを検討した集団は、予測モデルの構築に使われた対象者とは異なる独立した集団ですが、あくまでも同じ多目的コホート研究の対象者の一部です。そのため、この10年間に頭頚部食道がんに罹患する予測値が、ほかの集団においてどの程度当てはまるかについては、さらなる研究が必要です。このような限界はありますが、この予測モデルは、頭頚部食道がんのリスク因子の保有状況に応じて、低リスクから高リスクにグループ分けをするツールとして有用なものと考えています。
研究用にご提供いただいた血液を用いた研究の実施にあたっては、具体的な研究計画を国立がん研究センターの倫理審査委員会に提出し、ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針について審査を受けてから開始します。今回の研究もこの手順を踏んだ後に実施いたしました。国立がん研究センターにおける研究倫理審査については、公式ホームページをご参照ください。多目的コホート研究では、ホームページに多層的オミックス技術を用いる研究計画のご案内や遺伝情報に関する詳細も掲載しています。