多目的コホート研究(JPHC Study)
発酵大豆食品摂取と乳がん罹患との関連について
―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成7年(1995年)と平成10年(1998年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古、大阪府吹田の10保健所(呼称は2019年現在)管内にお住まいで、過去にがんにかかったことのない45~74歳の女性約4万8000人を平成25年(2013年)まで追跡した調査結果にもとづいて、大豆食品摂取と乳がんの罹患リスクとの関連を調べた結果を専門誌で論文発表しましたので紹介します(Cancer Med 2020年12月Web先行公開)。
大豆食品に多く含まれるイソフラボンは化学構造が女性ホルモン(エストロゲン)と似ており、エストロゲン作用があることが考えられています。エストロゲンは複数の疫学研究で乳がんのリスクを上げることが報告されており、イソフラボンはそれを阻害することで乳がんに対して予防的にはたらくと考えられています。中でも、非発酵食品と比べ発酵大豆食品中のイソフラボンは体内での吸収が容易かつ速いことが報告されています。
大豆食品と乳がんの罹患リスクとの関連については、私たちが過去に報告した研究成果(大豆・イソフラボン摂取と乳がん発生率との関係について)を含め、多くの疫学研究で検討されてきましたが、国によって大豆食品の食べる量や食べ方が異なり、結果が一致していませんでした。また大豆食品の発酵の有無と乳がんの罹患リスクとの関連を検討した研究は行われておらず、よくわかっていませんでした。そこで私たちは、大豆食品とイソフラボンの摂取と、その後の乳がんの罹患リスクとの関連を調べました。
食事調査アンケートの結果を用いて、総大豆食品(発酵・非発酵)・イソフラボンは、摂取量が少ない人から人数が均等になるよう4つのグループに分け、最も少ないグループと比較したその他のグループの、その後の乳がんの罹患リスクを調べました。分析にあたって、年齢、地域、体格、身長、喫煙、飲酒習慣、エネルギー摂取量、余暇の身体活動、糖尿病の既往有無、乳がんの家族歴、乳がん検診受診の有無、初潮年齢、初産年齢、授乳歴、出産回数、閉経年齢、ホルモン治療の有無で統計学的に調整し、これらの影響をできるだけ取り除きました。
大豆食品摂取量は発酵の有無にかかわらず乳がんの罹患リスクとは関連しない
本研究の追跡期間中(平均15.5年)に、825名の女性の乳がん罹患が確認されました。総大豆食品の摂取量と乳がんの罹患リスクとは関連がみられませんでした。また、発酵大豆食品と非発酵大豆食品に分けて分析した場合でも、関連はみられませんでした(図1)。
図1.大豆食品摂取と乳がんの罹患リスク
発酵大豆食品摂取量が多いグループでは進行乳がんの罹患リスクが低い
がんの進展度別では、進行していない乳がんの罹患リスクは大豆食品の摂取量との関連がみられませんでした。一方、進行乳がん(リンパ節転移や隣接・遠隔臓器への転移あり)では、発酵大豆食品の摂取量が多いほど、進行乳がんの罹患リスクの低下と関連がみられました。非発酵大豆食品では関連がみられませんでした(図2)。
図2.大豆食品摂取量と進展度別乳がん罹患の関連
さらなる研究結果の蓄積が必要
今回の研究では、発酵大豆食品の摂取量が多いと、進行乳がんの罹患リスクの低下と関連がみられましたが、進行していない乳がん、乳がん全体の罹患リスクとは関連はみられませんでした。
大豆食品が乳がんに予防的にはたらくメカニズムの一つとしてイソフラボンのもつエストロゲン作用が考えられていますが、動物実験では発酵させた高濃度のイソフラボンが乳がん細胞の増殖能力を抑制することや、乳がんを小さくしたという報告があります。本研究の結果と併せ、発酵大豆食品の摂取が多いと乳がんの罹患よりも進行を予防する可能性が考えられました。
一方で、大豆食品を多く摂取しているグループは、健康志向が高く、マンモグラフィー(乳房レントゲン)受診率が高かったことから、検査時に進行していない乳がんがより多く発見されることにより、大豆の効果を見かけ上打ち消したために、進行していない乳がんと大豆食品との関連がみられなかった可能性があります。
私たちが過去に報告した研究成果(大豆・イソフラボン摂取と乳がん発生率との関係について)では、みそ汁やイソフラボンの摂取量が多い人で乳がんの罹患リスクの低下を報告しており、本研究とは異なる結果でした。結果が異なった理由として、前回の研究と比べて本研究はより多くの地域から広い年齢層の女性を追跡していること、追跡期間が長いこと、大豆食品についてより多くの項目が含まれた質問票を使用したことなどがあげられます。また、前回の報告時よりも、マンモグラフィーを用いた乳がん検診の導入が進み進行乳がんの割合が減ったことも、本研究で関連を認めなかった理由として考えられます。
今回の研究の限界として、8項目の大豆食品のみで摂取量を計算していること、1回のアンケート調査から計算された摂取量で計算しており追跡中の食事の変化については考慮できていないこと、日本食に含まれる他の食品や検診受診などの健康的な生活習慣が要因となっている可能性があること、乳がん診断時の閉経状態が不明なこと、乳がんのホルモン受容体の情報が多くの症例で把握できていなかったことなどがあります。
大豆食品を発酵の有無に分けて乳がんの罹患リスクとの関連を明らかにしたのは、本研究がはじめての報告になります。そのため、本研究の結果を確認するためには、今後の研究結果の蓄積が必要です。