多目的コホート研究(JPHC Study)
禁煙による体重増加と循環器疾患発症リスクとの関連
―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古の9保健所(呼称は2019年現在)管内にお住まいだった方々のうち、研究開始時および研究開始から5年後調査時にがんと循環器疾患の既往がなかった45~74歳の男女69,910人を、約15年間追跡し、禁煙や体重増加と循環器疾患発症との関連を調べた結果を、専門誌で論文発表しましたので紹介します(Heart. 2021年6月Web先行公開)。
これまでの研究では、禁煙が循環器疾患に対する重要な予防策であることが示されています。一方で、禁煙は体重増加につながり、循環器疾患のリスクを高める可能性が考えられます。しかしながら、禁煙後の体重増加が、禁煙により軽減する循環器疾患リスクの効果を弱めるかどうかについてはよくわかっていませんでした。そこで、本研究では、禁煙による体重増加が循環器疾患のリスクに影響をあたえるかどうかについて調べました。
喫煙状況は、研究開始時と研究開始から5年後のアンケート回答結果から下記のグループに分けました。
喫煙者:研究開始時・5年後ともに、喫煙していると回答した方
長期禁煙者:研究開始時・5年後ともに、喫煙をやめたと回答した方
非喫煙者:研究開始時・5年後ともに、喫煙したことがないと回答した方
新規禁煙者:研究開始時には喫煙していると回答し、5年後には喫煙をやめたと回答した方(新規禁煙者をさらに、5年間での体重変化によって、体重増加なし、体重増加0.1~5.0Kg、体重増加5.1 Kg以上の3つのグループに分けた)
喫煙者を基準とした、その他のグループのその後の循環器疾患の発症リスクについて調べました。
解析では、調査開始から5年後の年齢と体格、性別、地域、飲酒習慣、余暇の身体活動、糖尿病既往、降圧剤の服薬、血糖降下剤の服薬、高コレステロール血症の服薬、循環器疾患の家族歴、ビタミンサプリメントの摂取、総エネルギー・大豆・野菜・果物・魚・肉類・乳製品の摂取量を統計学的に調整し、これらの影響をできるだけ取り除きました。
喫煙者と比べ、禁煙後に体重増加が5kg以内では、循環器疾患の発症リスクが低かった
約15年間の追跡期間の中で、全循環器疾患を発症した人は4023人、脳卒中では3217人、虚血性心疾患では889人でした。
喫煙者と比べ、新規禁煙者、長期禁煙者、非喫煙者では、全循環器疾患、虚血性心疾患と脳卒中のすべての発症リスクが統計学的有意に低いことがわかりました(図1)。また、新規禁煙者のうち、禁煙後の体重増加がない、または0.1㎏~5.0㎏増加したグループでは、同様の関連がみられましたが、5.1kg以上増加したグループでは、人数が少なかったため、統計学的有意な関連はみられませんでした。また、調査開始から5年後のアンケートの年齢で分けてみると、60歳未満の新規禁煙者では、60歳以上の新規禁煙者よりも、循環器疾患のリスクがより低いことがわかりました(図なし)。
図1.喫煙状況による全循環器疾患、虚血性心疾患、脳卒中の発症リスク
今回の研究結果について
今回の研究の結果から、喫煙を続けた場合と比べて、禁煙することは、全循環器疾患、虚血性心疾患、脳卒中の発症リスクの低下と関連がみられました。
先行研究では、禁煙後の体重増加は、禁煙による循環器疾患のリスク低下の効果を弱めることとは関連がないことや、年齢が若いグループでは、禁煙と循環器疾患のリスク低下の間により強い関連がみられたという報告があり、本研究の結果と一致していました。
禁煙者の循環器疾患の発症リスク低下に関するメカニズムとして、禁煙による、血管の内皮機能や血栓症、脂質異常症の改善などが考えられます。
本研究では、60歳未満の新規禁煙者グループで、60歳以上の新規禁煙者グループよりもリスク低下がみられました。先行研究では、より若い時期の喫煙が循環器疾患への影響が大きいことが報告されているため、本研究でも、早期の禁煙によるリスク軽減効果が大きいことが示されました。
今回の研究の限界点として、喫煙習慣と体重は自己申告のため、実際の喫煙習慣や体重と異なる可能性があることなどがあげられます。