多目的コホート研究(JPHC Study)
飲酒、喫煙と腎がんの関連について
―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防や健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古、大阪府吹田の10保健所管内(呼称は2019年現在)にお住まいだった方々のうち、アンケート調査にご回答くださった、40~69歳の男女約10万6千人の方々を、平成27年(2015年)まで追跡した結果に基づいて飲酒・喫煙と腎がんとの関連を調べた結果を論文発表しましたので紹介します。(Cancer Sci. 2021年9月Web先行公開)
日本において、腎がん(膀胱がんを除く)は9番目に多いがんです。国際がん研究機関は、腎がんの罹患リスクとして、喫煙は「十分な知見がある」とし、飲酒については「発がん性がないことを示唆する知見」としています。欧米の先行研究では、腎がんのリスクは少量の飲酒で低下することが示されています。一方、飲酒・喫煙行動や遺伝的感受性が欧米人とアジア人で異なることが指摘されていますが、飲酒・喫煙と腎がんについて、アジア人を対象とした疫学研究はこれまで報告がありませんでした。そこで、本研究では日本人における飲酒・喫煙と腎がんの罹患について調べました。
調査開始時の生活習慣に関するアンケート調査の回答から、飲酒と喫煙習慣についてグループ分けを行いました。飲酒習慣は、飲酒量をエタノール量(g)で換算したうえで、「飲んだことがない」、「時々飲む(月に1~3日)」、「週に149g以下の飲酒」、「週に150~299gの飲酒」「週に300~449gの飲酒」「週に450g以上の飲酒」の6つのグループに分けました。喫煙習慣は、現在も喫煙を続けている人における一日あたりの箱数と喫煙年数から喫煙指数を算出し、「非喫煙者」、「過去喫煙者」、「喫煙指数20未満の喫煙者」、「喫煙指数20以上40未満の喫煙者」、「喫煙指数40以上の喫煙者」の5つのグループに分けました。その後、飲酒習慣では「飲んだことがない」、喫煙習慣では「非喫煙者」のグループを基準として、その他のグループにおける腎がんの罹患リスクを検討しました。解析では、腎がんに関連する飲酒・喫煙以外の要因(年齢、体重、糖尿病・高血圧・腎不全の既往)を統計学的に調整し、それらの影響をできるだけ取り除きました。
腎がんリスクは、飲酒との関連は認められないが、多量喫煙で1.5倍高くなる
平均約19.1年間の追跡期間中に、対象となった約10万6千人のうち340人が腎がんに罹患しました。飲酒習慣では、飲酒するグループで腎がんの罹患リスクがわずかに下がりましたが、統計学的に有意ではありませんでした(図1)。一方、喫煙習慣では、「喫煙指数40以上の喫煙者」のみ、「非喫煙者」に比べて腎がんの罹患リスクが約1.5倍高い結果でした(図2)。
図1. 飲酒習慣と腎がん罹患リスクの関連
図2. 喫煙習慣と腎がん罹患リスクの関連
今回の研究からみえてきたこと
今回の研究では、飲酒習慣のあるグループで、腎がんの罹患リスクがわずかに低かったものの、統計学的有意ではなく、これまでの欧米からの報告とは異なりました。欧米の先行研究では、少量の飲酒により、腎がんのリスクの一つである糖尿病のリスクが下がることが報告されており、糖尿病予防が間接的に腎がんのリスク低下につながる可能性が考えられています。本研究で関連がみられなかった理由として、日本人は欧米人と比較してインスリン分泌量が少ないことなどから、飲酒による糖尿病や、それに伴う腎がん罹患に与える影響が小さかったことが考えられました。
また、喫煙習慣では、喫煙指数が高いグループでのみ、腎がんの罹患リスクが高い結果でした。先行研究では、本研究よりも少量の喫煙でも腎がんのリスクが統計学的有意に増加することが報告されており、たばこに含まれる発がん物質の代謝にかかわる酵素作用の人種による遺伝的な差が影響している可能性などが考えられます。
本研究では、飲酒・喫煙習慣の追跡期間中の変化を考慮できていないことなどから、追跡期間中にこれらの習慣が変化した場合には、飲酒・喫煙習慣のグループ分けが正しく行われず、真のリスクを評価できていない可能性があります。
飲酒・喫煙と腎がんのリスクについては、日本を含めたアジアからの研究は本研究が初めてであり、今後さらなる研究が必要です。