多目的コホート研究(JPHC Study)
食物繊維摂取と肺がん罹患との関連
―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成7年(1995年)と平成10年(1998年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古の9つの保健所(呼称は2019年現在)にお住まいだった45~74歳の方々で、食生活や喫煙などのアンケート調査に回答いただき、がんの既往のない男女73,405人を、平成27年(2015年)まで追跡した調査結果にもとづいて、食物繊維摂取と肺がん罹患との関連を調べた結果を専門誌で論文発表しましたので紹介します(Int J Epidemiol. 2022年3月Web先行公開)。
肺がんの最も影響のあるリスク因子の一つは喫煙習慣ですが、食事との関連も報告されています。いくつかの欧米の研究では食物繊維の摂取により肺がん罹患のリスクが下がることが示唆されています。アジアにおいては、中国の小規模な研究から、食物繊維は肺がん罹患リスクとは関連がないという報告がされています。
しかし、欧米とアジアの間では肺がんの罹患率が異なること、また食物繊維の摂取源は国による違いがあること(欧米では穀物由来が多く、アジアでは野菜由来が多い)などから、日本人を対象として食物繊維の摂取と肺がん罹患リスクの関連を評価することは重要です。そこで、私たちは多目的コホート研究を用いて、食物繊維摂取と肺がん罹患リスクとの関連について男女別に、また食物繊維の摂取源別に調べました。
食物摂取頻度調査票の回答結果をもとに、食物繊維の総摂取量、摂取源別(穀物、豆類、野菜、果物)の食物繊維の摂取量を推定しました。そして、それらの摂取量によって、人数が均等になるように5つのグループに分け、摂取量が最も少ないグループと比較した場合の、他のグループのその後の肺がんの罹患リスクを調べました。解析には、年齢、性別、地域、体格、余暇の身体活動の頻度、飲酒・喫煙習慣、エネルギー摂取量、赤肉や加工肉の摂取量などを統計的に調整し、これらの違いによる影響をできるだけ取り除きました。
食物繊維の総摂取量、野菜からの食物繊維の摂取量が多い男性で、肺がんの罹患リスクが低くなることが示された
18年間(中央値)の追跡期間中に、1546人(男性1042人、女性504人)が肺がんに罹患しました。解析の結果、男性において、食物繊維の総摂取量、野菜からの食物繊維の摂取量が多いグループでは、肺がんの罹患リスクの減少がみられました。しかし、穀物からの食物繊維の摂取量、豆類からの食物繊維の摂取量、果物からの食物繊維の摂取との関連はみられませんでした(図1)。女性では、食物繊維の総摂取量、食品別由来の食物繊維摂取量においても肺がんの罹患リスクとの関連はみられませんでした(図2)。
図1.食物繊維摂取と肺がん罹患リスクとの関連(男性)
図2.食物繊維摂取と肺がん罹患リスクとの関連(女性)
今回の結果から分かること
今回の研究から、男性では、食物繊維の総摂取量、野菜からの食物繊維の摂取量が多いグループにおいて肺がんの罹患リスクが統計学的有意に低下することが示されました。一方、女性では食物繊維の摂取と肺がんの罹患リスクとの関連はみられませんでした。
男性において、食物繊維の総摂取量が多いほど肺がんリスクが低下した理由として、食物繊維が有する、血糖値の低下作用、脂質の酸化抑制作用などによる、抗炎症作用のためと考えられました。男性では喫煙率が高いですが、肺の慢性的な炎症である慢性閉塞性肺疾患(COPD)は、喫煙が原因であるだけでなく、肺がんのリスク因子でもあります。食物繊維の抗炎症作用によりCOPDのリスクが低下し、それに伴い肺がん罹患リスクが低下した可能性が考えられます。また、今回の研究では、野菜由来の食物繊維の摂取量が多いグループにおいて肺がんの罹患リスクが低いという結果でしたが、野菜は食物繊維の摂取源として最も多くを占めていました。野菜には、食物繊維以外にも、様々なビタミン、ミネラルなど抗炎症作用をもつ栄養素が含まれ、これによる抗炎症作用が影響している可能性も考えられました。
女性では食物繊維の摂取と肺がんの罹患リスクとの間に統計学的有意な関連はみられませんでしたが、このことについての、はっきりとした理由は分かりません。女性ホルモンであるエストロゲンは、肺にあるエストロゲン受容体を介して肺がんの促進因子として作用することが報告されており、エストロゲンによる発がん作用が、食物繊維の抗炎症作用による肺がんリスク低下を相殺してしまった可能性があります。
今回の研究では、肺がんのリスク因子である、COPDの病歴についての情報がなく影響を調べられないことなどが本研究の限界点です。
なお、食物繊維摂取量と肺がん罹患のリスクとの関連については、これまでのアジア人での研究からは結果が一致していないため、今回の結果を確認するためには今後のさらなる研究が必要です。