多目的コホート研究(JPHC Study)
非アルコール飲料の摂取と血糖値の指標との関連について
―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・虚血性心疾患・糖尿病などの病気との関連を明らかにし、日本人の生活習慣予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に、岩手県二戸、秋田県横手、東京都葛飾、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古の10保健所管内(呼称は2019年現在)に居住する40~69歳の男女のうち、1998~2000年度に実施された糖尿病調査(ベースライン調査)に参加された地域住民のうち、空腹時の採血データのある9855人を主な対象として、日常的に飲む非アルコール飲料と血糖値の指標との関連を調査しました。この結果を専門誌で論文発表しましたので紹介します(Metabol Open. 2022年4月公開)。
非アルコール飲料と血糖値指標との関係
様々な飲料が糖代謝に影響を与えることは知られており、これまでにも、多目的コホート研究を含む多くの調査で糖尿病との関連が報告されています。コーヒーの摂取は糖尿病に予防的な効果があると報告されている一方、甘味飲料の摂取により、糖尿病のリスクが上昇することが報告されています。しかしながら、緑茶、ウーロン茶、紅茶や水などの糖代謝への影響は依然として明確ではありません。飲料の摂取に関する行動は複雑で、日常生活では様々な種類の飲料を飲み、一つの飲料を嗜好することが他の飲料の摂取量にも影響を与えます。こうしたことを考慮して行われた研究は多くありません。本研究では、日常的に飲む飲料についてアンケート調査から1日の摂取量を算出し、血糖値の指標である、空腹時血糖値、ヘモグロビンA1c(以下、HbA1c)との関連を横断的に調べました。
非アルコール飲料と空腹時血糖値との関連について
本研究では、ベースライン調査に参加した人のうち、糖尿病の診断を受けている人、糖尿病に対しての投薬を受けている人を除外し、空腹時で調査が行われた男性3,852名(平均年齢62歳)、女性6,003名(平均年齢61歳)を対象としました。アンケート調査から、コーヒー、緑茶、ウーロン茶、紅茶、フルーツジュース(果汁100%のりんご・オレンジジュース)、ソフトドリンク(コーラやエネルギードリンク)、水の1日の摂取量を算出し、少ない順に並べ、人数がなるべく均等になるよう4つ(または3つ)のグループに分けました。そして、最も摂取量が少ないグループを基準として、各グループの空腹時血糖値の平均値との差を算出しました。分析では、年齢、地域、体格、喫煙状況、飲酒状況、糖尿病の家族歴の有無、余暇時間の身体活動の有無、1日あたりの歩行時間、就業状況、高血圧の既往の有無、解析対象でない飲料の摂取量、コーヒーや紅茶への砂糖の使用量を統計学的に調整し、これらの影響をできるだけ取り除きました。
コーヒーの摂取は空腹時血糖値の低下と関連
空腹時血糖値と統計学的に有意な関連を認めたのは男女ともコーヒーのみでした(図1)。男性では、コーヒーを全く摂取しない人を基準として、1日120mL以上240mL未満を摂取する人、240mL以上を摂取する人は、空腹時血糖値がそれぞれ1.8mg/dL、1.9mg/dL低いという結果でした。女性でも同様の比較を行ったところ、空腹時血糖値が1.1mg/L、1.4mg/dL低いという結果でした。
図1. 各飲料と空腹時血糖値の関連
非アルコール飲料とHbA1cとの関連について
さらに、空腹時血糖値と同様の解析をHbA1cでも行いました(図2)。男性では、コーヒー、水の摂取で統計学的に有意な関連を認めました。コーヒーを全く摂取しない人を基準として、1日240mL以上摂取する人は、HbA1cが0.06%高いという結果でした。水は、全く摂取しない人を基準として、1日500mL以上を摂取する人は、HbA1cが0.06%低いという結果でした。女性では、ウーロン茶、紅茶で有意な関連を認めました。ウーロン茶を全く摂取しない人を基準として、1日60mL以上を摂取する人は、HbA1cが0.05%高いという結果でした。紅茶を全く摂取しない人を基準として、1日60mL未満を摂取する人、60mL以上を摂取する人は、HbA1cが、どちらの群も0.04%高いという結果でした。さらに、HbA1cと飲料の関連について、空腹時以外で調査を行った人も追加して解析を行ったところ、男性における水の摂取量との統計学的に有意な関連は認められなくなりました。
図2. 各飲料とHbA1cの関連
まとめ
これらの解析から、男女ともに、コーヒーの摂取量が多い人で空腹時血糖値が低いという関連が明らかになりました。一方、HbA1cの解析においては、コーヒーの摂取量が多い男性ではHbA1cが高く、空腹時血糖値とは相反する結果となりました。また、従来、コーヒー摂取は、長期的には糖尿病の発症に抑制的に働くとの結果が多く報告されており、この点でもHbA1cに関しては、やや予想に反する結果でした。この理由については、HbA1cは過去1~2ヶ月間の血糖値の平均を表す指標であり、空腹時血糖値だけでなく、食後血糖値の影響も反映されることが関係しているかもしれません。コーヒーに含まれる成分、たとえばカフェインには筋肉へのブドウ糖の取り込みを減少させることなどが知られており、そのような作用を介して短期的には食後血糖値の上昇がもたらされ、HbA1cの上昇に寄与した可能性などが考えられます。また、女性ではウーロン茶や紅茶の摂取量が多い人でHbA1cが高いという結果でした。今回の集団では、ウーロン茶と紅茶の摂取量が多いほどアルコール摂取量が多かったことから、食後血糖値の上昇の影響に加え、飲酒などの不健康な生活習慣の影響を除き切れなかった可能性などが考えられます。
本研究は横断研究であり、因果関係について言及することはできません。つまり、コーヒーを多く飲むことで空腹時血糖値が低かった可能性もあれば、逆に、空腹時血糖値の高い人が何らかの理由でコーヒーをあまり飲まなかった可能性もあり、どちらの可能性も排除できません。また、今回の解析では、さまざまな生活習慣の影響を取り除くように調整を行っていますが、調整できていない要因による見かけ上の関連である可能性も完全には否定できないものと考えます。
また、飲料の種類/量だけでなく、カフェインなどの飲料の成分にも焦点を当てることで、飲料の消費量と血糖値の指標との関連を解明するための手がかりを得ることができることから、今後もエビデンスの蓄積が必要と考えています。