多目的コホート研究(JPHC Study)
食事調査票から得られたトランス脂肪酸摂取量の正確さについて
―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。食生活と病気との関連を明らかにする研究では、1人1人の食生活を調べる方法の一つとして、食物摂取頻度調査票(FFQ)という比較的簡易なアンケートを用いて、各個人の習慣的な食品や栄養素の摂取量を推定しています。このFFQから推定した摂取量と病気との関連を調べるためには、まず、摂取量がどのくらい正確に推定できているかを確認することが大切です。今回、多目的コホート研究の開始から5年後に用いられたFFQから、トランス脂肪酸摂取量を推定し、その正確さを調べた結果を専門誌で論文発表しましたので紹介します(Br J Nutr. 2022年12月Web先行公開)。
トランス脂肪酸について
トランス脂肪酸には、マーガリンや植物油などの油脂を加工・精製する過程で生成されるもの(工業由来)と、牛肉や牛乳など反芻動物から生成されるもの(反芻動物由来)があります。トランス脂肪酸の摂取量が多い欧米諸国での先行研究では、トランス脂肪酸を多く摂取することによる冠動脈疾患の発症リスクや全死亡リスクの上昇が報告されています。しかしながら、日本ではトランス脂肪酸の摂取量を推定する方法が十分に確立されておらず、トランス脂肪酸摂取が健康に与える影響を調べた研究は少ないのが現状です。トランス脂肪酸摂取量と疾病リスクとの関連を明らかにしていくためには、まず、摂取量がどのくらい正確に推定できているかを確認する必要があります。
研究方法の概要
多目的コホート研究に参加した男女のうち、研究開始から5年後の調査で用いられたFFQに1年間隔で2回答え、さらに28日間または14日間の食事記録調査(DR)にご協力いただいた565人の男女を対象としました(コホートⅠは215名、コホートⅡは350名)。トランス脂肪酸摂取量をFFQとDRの2つの食事調査方法によって、総トランス脂肪酸、工業由来および反芻動物由来の摂取量を算出しました。
トランス脂肪酸の摂取量と摂取源
DRから算出された総トランス脂肪酸摂取量の平均値(総エネルギー摂取量に占める割合、%総エネルギー)は、コホート I では男性で0.30%、女性で0.38%、コホートⅡでは男性0.31%、女性0.37%でした。工業由来のトランス脂肪酸摂取量は、総トランス脂肪酸摂取量の約 50% を占めていました。主な摂取源となっていた食品群は、油脂類、肉類、乳類、調味料類や菓子類(図1)で、具体的な食品としては、植物油脂や牛乳、牛肉、ケーキ・焼き菓子類でした。
図1. 総トランス脂肪酸摂取量の摂取源に占める各食品群の割合(食事記録から算出)
妥当性(推計した摂取量の確からしさ)について
FFQとDR、2種類の食事調査方法より推定した総トランス脂肪酸摂取量(%総エネルギー)の相関係数(この値が1に近いほどFFQによる摂取量推計が確からしいことを示す)は、コホートⅠの男性で0.67、女性で0.69、コホートⅡの男性で0.65、女性で0.54でした。さらに工業由来のトランス脂肪酸摂取量(g/日)の相関係数は、コホートⅠの男性で0.62、女性で0.46、コホートⅡの男性で0.50、女性で0.53でした。反芻動物由来のトランス脂肪酸摂取量(g/日)の相関係数は、コホートⅠの男性で0.68、女性で0.68、コホートⅡの男性で0.57、女性で0.60でした(表1)。
再現性(複数回推計した摂取量のばらつきにくさ)について
また、再現性を確認するため、1年間隔で2回行ったFFQから総トランス脂肪酸摂取量(%総エネルギー)をそれぞれ推定し、それらの相関係数を求めました。(相関係数の値が1に近いほどFFQによる摂取量を複数回推計した場合のばらつきが少ないことを示す)相関係数は、コホートⅠの男性で0.70、女性で0.71、コホートⅡの男性で0.75、女性で0.64でした(表1)。
表1. FFQの妥当性(DRとFFQの相関係数)、再現性(2回のFFQの相関係数)
この研究結果からわかること
これらの結果から、FFQより推定したトランス脂肪酸摂取量の妥当性と再現性は、疫学研究を行うために必要なある程度の正確さがあることが分かりました。また今回の結果は1990年代の44-73歳の食事調査から得られたデータに基づいていますが、欧米と比較してトランス脂肪酸の摂取量が少なく、参加者の年齢が若いほど摂取量が多い特徴がありました。トランス脂肪酸の摂取量に大きく寄与していた植物油脂や牛乳、牛肉、ケーキ・焼き菓子類といった食品は、欧米で報告されたものに類似していました。世界保健機構(WHO)では、トランス脂肪酸摂取の削減を目指して総エネルギー摂取量の1%よりも少なくすることを推奨していますが、今回のDRで算出された値では1%を超える人はいませんでした。この結果は、今後、多目的コホート研究で、トランス脂肪酸摂取量とがん、脳卒中、心筋梗塞などとの関連を分析する際の重要な基礎資料となります。