多目的コホート研究(JPHC Study)
抗酸化ビタミン摂取と前立腺がんのリスクとの関連について
―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成7年(1995年)と平成10年(1998年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古の9つの保健所(呼称は2019年現在)にお住まいだった方々のうち、アンケート調査に回答していただいた45~74歳の、がんの既往のない男性40,720人を、平成27年(2015年)まで追跡した調査結果にもとづいて、抗酸化ビタミン摂取とその後の前立腺がん罹患リスクとの関連を調べた結果を疫学専門誌で論文発表しましたので紹介します(J Epidemiol. 2023年3月Web先行公開)。
ビタミン類は食事の重要な構成要素であり、その抗酸化作用により、様々ながん罹患の予防に重要であると考えられていますが、欧米で行われた先行研究では、ビタミン摂取と前立腺がん罹患リスクとの関連については一貫した結果が得られていません。また、日本人のビタミン摂取量は欧米人と比較して少ないことが知られていますが、日本をはじめアジアを対象としてビタミン摂取と前立腺がん罹患リスクとの関連はほとんど調べられていません。そこで私たちは、様々な抗酸化ビタミン(リコペン、α-カロテン、β-カロテン、ビタミンC、ビタミンE)摂取量と前立腺がん罹患リスクとの関連について調べました。
食物摂取頻度調査票の回答結果をもとに、主要な抗酸化ビタミン(リコペン、α-カロテン、β-カロテン、ビタミンC、ビタミンE)の摂取量を推定しました。そして、それらの栄養素の摂取量によって、人数が均等になるように5つのグループに分け、摂取量が最も低いグループと比較した場合の、他のグループのその後の前立腺がん罹患リスクを調べました。解析にあたっては、年齢、地域、体格、飲酒・喫煙習慣、余暇の身体活動、食生活(緑茶・コーヒー・乳製品・大豆食品それぞれの摂取量)、飲酒習慣、喫煙習慣、糖尿病の既往歴、過去の健康診断受診歴を統計学的に調整し、これらの影響をできるだけ取り除きました。
抗酸化ビタミン摂取量と前立腺がん罹患リスクとの関連は見られなかった
平均15.2年の追跡期間中に、1,386人が前立腺がんに罹患しました。解析の結果、α-カロテン、β-カロテン、ビタミンC、ビタミンEなどの抗酸化ビタミンの摂取量と前立腺がん罹患リスクには関連は見られませんでした(図1)。リコピンについては、その摂取量が多いほど前立腺がん罹患のリスクが高くなりました。(図1)しかし、これは、近年の前立腺特異抗原(PSA)検査の普及により、健康意識が高い人(例:抗酸化ビタミン摂取量が高い人)でPSA検査を受ける人のほうが、より前立腺がんが発見される影響(検診バイアス)を反映している可能性がありました。そこで、自覚症状で発見された前立腺がん罹患に限定した解析を行ったところ(図2)、リコピン摂取と自覚症状で発見される前立腺がん罹患リスクとの関連は認められませんでした。
男性では、乳製品の摂取量が多いグループで、全死亡と循環器疾患の死亡リスクが低いという結果でした(図1)。一方で、乳製品の摂取量が一番多いグループと2番目に多いグループの全死亡リスクは、それぞれ0.89倍と0.87倍と同程度に低く、また同様に、循環器死亡では0.78倍と0.77倍と同程度に低い、という結果でした。
図1 ビタミン摂取量と前立腺がん罹患リスクとの関係
図2. ビタミン摂取量と自覚症状で発見された前立腺がん罹患リスクとの関係
今回の結果から分かること
本研究では、抗酸化ビタミン(α-カロテン、β-カロテン、ビタミンC、ビタミンE)を多く摂取することが前立腺がん罹患リスクの低下に関連するという結果は得られませんでした。しかし、近年の欧米の先行研究においても、抗酸化ビタミンの摂取量と前立腺がん罹患リスクとが関連するという報告はほとんどされておらず、今回の私たちの研究結果とも一致しています。
全体で解析した際に、リコペンについては多く摂取することが前立腺がん罹患リスクの増加に関連するという結果がみられましたが、この結果は、健康意識の高い人はリコペンを多く含むトマトなど野菜・果物を多く摂取する可能性があり、そのような人はPSA検診などの検査を受ける機会も多く、前立腺がんが発見される可能性が高くなった結果をみていた可能性があります。この影響を除くために、自覚症状で発見される前立腺がんに限定した解析では、リコピン摂取とその罹患リスクとの関連は認められませんでした。欧米で行われた先行研究においては、リコペン摂取と前立腺がん罹患リスクとの関連についても一貫した結果は得られておらず、今後の研究が必要です。
今回検討した抗酸化ビタミンの摂取量は、調査開始時に推定したものであり追跡中に食生活が変化した可能性を考慮できていないこと、、すべての対象者からPSA検診の受診についての情報を把握できていないことなどが、限界点として挙げられます。