多目的コホート研究(JPHC Study)
がん罹患前後の食事摂取量の変化について
―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、大阪府吹田、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古の10保健所(呼称は2019年現在)管内にお住まいで研究開始時40~69歳の方々のうち、研究開始から5年後と10年後に行った食事調査アンケートに回答した方を対象として、その間にがんと診断を受けた方と受けなかった方の摂取量の変化について比べた結果を発表しましたので、ご紹介します(Sci rep. 2023年1月公開)。
近年、がんの生存率は早期発見や治療の進歩に伴って上昇しており、がん経験者(がんサバイバー)は増加しています。したがって、がんサバイバーに推奨される食事や生活習慣についてのガイドラインの策定が求められますが、そのためには、正確なデータが必要です。がんサバイバーの食習慣は、がんの診断後、健康的な食習慣に変わることが推測されますが、がんと診断されなかった方においても、年齢とともに食習慣が変わる可能性があります。しかし、がんサバイバーと、がんと診断されなかった方の食習慣を比較した前向き研究はほとんどなく、欧米からの数件の報告にとどまっています。さらに、アジア人では欧米人と比較して、胃がんが多い一方で乳がんは少ないなど、部位別がんの罹患率が異なり、また、米や塩蔵食品の摂取量が多い一方で赤肉の摂取量は少ないなど、食習慣も異なっています。
そこで本研究では、がんサバイバーとがんと診断されなかった人の、5年間の食事摂取量の変化について調べました。本研究では、研究開始から5年後の調査を1回目、10年後の調査を2回目と位置づけ、両方の調査で食物摂取頻度調査票(FFQ)に回答している人を対象に、1回目の調査と2回目の調査の間にがんと診断された方をがんサバイバーと定義しました。
がんサバイバーグループと診断なしグループにおける5年間の食事摂取変化量は、男性のエタノール摂取量以外、差がなかった
今回の研究では、男性33,643人と女性39,549人から、2回のFFQへの回答を得ました。1回目の回答から2回目の回答までのおよそ5年間の間に、男性886人、女性646人が、がんと診断されました。
まず、エネルギー摂取量と2つの栄養素、16の食品および食品群(下記参照)について、1回目の摂取量と2回目の摂取量の変化量を算出しました。
次に、この変化量について、2つのグループの間で差があるかを調べたところ、男性では、エネルギー、エタノール、米、乳製品の摂取量で、女性では、米、野菜の摂取量で、統計学的に有意な差がみられました(図1)。
図1.がんサバイバーグループと診断なしグループの5年間の食事摂取変化量の比較
図1で示した5年間の食事摂取変化量は、1回目の摂取量の影響を受ける可能性が考えられます(1回目の摂取量が少ない人は5年間の変化量も少なく、1回目の摂取量が多い人は5年間の変化量も大きい)。そこで、1回目の摂取量に対する、5年間の変化量を相対変化量として算出し、がんサバイバーグループと診断なしグループとの相対変化量の違いを比較しました。
また、総エネルギー摂取量が高い人では、各種栄養素や食品群の摂取量が高い傾向にあります。本研究では、総エネルギー摂取量による影響を取り除いたうえで、重回帰分析を用いて、相対変化量にがん診断の有無が影響を与えているかどうかを調べました。重回帰分析では年齢、調査地域、BMI、独居、身体活動量、喫煙、エネルギー摂取量(5分位)について統計学的に調整し、これらの影響をできるだけ取り除きました。
その結果、図1でみられた摂取変化量の差は、相対変化量でみると認められなくなりましたが、男性のエタノール摂取の相対変化量のみ、統計学的有意に差があり、摂取量は減少していることがわかりました(β = -0.36)。(図2)
さらに、男性のエタノールの相対変化量について、がんの部位別に解析したところ、大腸がんと胃がんについては、診断なしグループの相対変化量と比べて統計学的有意に差があり、摂取量が減少していました(図2)。
図2.がんの部位別にみたがんサバイバーグループのエタノール相対変化量の診断なしグループとの差(男性)
この研究からわかること
今回の研究では、男性のがんサバイバーグループのエタノール摂取量のみが減少しており、がんサバイバーにおける食事の変化の多くは、がんと診断されていない人にも生じる変化と差がないことが示されました。
アルコール(エタノール)はいくつかの種類のがんのリスク要因と報告されていることから、アルコールの摂取を減少は、より健康的なライフスタイルへの変化を反映していると考えられます。また、大腸がんサバイバーや胃がんサバイバーで、エタノール摂取量の変化が大きかったことについては、病状や治療法の影響を受けた可能性が考えられました。
これまでの、がんサバイバーの食事変化に関する先行研究には、がんと診断された直後の食生活は大きく変化するが、その後は徐々に診断前の状態へ戻る、と報告しているものもあり、今回の結果は、先行研究の結果と一致しています。一方で、本研究では、がん診断日からがん診断後の調査である2回目の調査までの期間は、平均で2.1年と比較的短く、変化の大きな時期に回答したがんサバイバーの方も含まれていた可能性が考えられます。これらを考慮すると、がんサバイバーであることによる食事摂取量への影響は、より小さいかもしれません。
本研究では、がんサバイバーグループのがん診断から2回目の調査までの期間が短いことに加え、がんの病状や治療法の違いによる影響を考慮できていない点が研究の限界としてあげられます。