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多目的コホート研究(JPHC Study)

喫煙とKRAS・BRAF変異で細分類された大腸がん罹患リスクとの関連について

―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―

 私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防や健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)に、秋田県横手、沖縄県中部にお住まいだった40~59歳の方々のうち、調査開始から10年後のアンケート調査にご回答くださった、男女約2万人の方々を、平成26年(2014年)まで追跡した結果に基づいて、喫煙とKRAS・BRAF変異(*)で細分類された大腸がん罹患リスクとの関連を調べた結果を論文発表しましたので紹介します。(Carcinogenesis. 2023年8月公開)

*KRAS・BRAF変異
大腸がんで比較的よく観察される、がん化を引き起こす遺伝子の変異

 

 近年、様々な種類のがんにおいて、腫瘍の遺伝子変異の種類やmRNA・蛋白の発現量に基づいて分類された分子サブタイプが提唱され、分子サブタイプごとに、発がんのメカニズムが異なることが示唆されています。喫煙は大腸がんのリスク因子の一つと考えられていますが、欧米人を対象とした研究において、喫煙の影響が分子サブタイプで異なることが報告されています。
 本研究では、追跡調査で把握された大腸がんの腫瘍組織を収集し、腫瘍組織中の遺伝子変異(KRAS変異・BRAF変異)の解析を行いました。その結果に基づき、野生型(遺伝子変異がない)と変異型(遺伝子変異がある)に分類し、大腸がんの分子サブタイプを定義しました。さらに、喫煙状況に基づいて、非喫煙者、喫煙経験者のグループに分け、分子サブタイプごとに大腸がん罹患リスクを検討しました。
 解析にあたっては、年齢、性別、体格指標、飲酒状況、身体活動量、糖尿病の既往の有無など、他の要因による偏りが結果に影響しないように、統計学的に調整を行いました。更に、喫煙による大腸がん罹患リスクへの影響が、大腸がんの分子サブタイプごとに異なるかどうか(異質性)を統計学的に検討しました。
 本研究は、前向きコホート研究として生活習慣に関する情報と同時に腫瘍組織を収集しており、分子病理疫学研究としてはアジア初の試みです。

 

喫煙によりKRAS野生型大腸がん罹患リスクが顕著に上昇する

 追跡期間中に把握された大腸がん339例のうち、164例(48.4%)にKRAS変異が、16例(4.7%)にBRAF変異が認められました。喫煙と、分子サブタイプによらない全ての大腸がん罹患リスクとの間には、統計学的有意な関連は認められませんでした。
 次に、KRAS変異の有無に基づいた分子サブタイプごとに分析した結果、非喫煙者に比べて喫煙経験者では、KRAS野生型大腸がんの罹患リスク上昇が観察された一方、KRAS変異型大腸がんの罹患リスク上昇は観察されませんでした。この結果から、喫煙の大腸がん罹患リスクへの影響は、KRAS変異の有無に基づいた分子サブタイプによって異なることが示唆されました。同様に、BRAF変異の有無に基づいた分子サブタイプごと分析しましたが、喫煙によるBRAF野生型およびBRAF変異型大腸がん罹患リスクへの影響は認められませんでした(図1)。

(クリックで拡大)

図1. 喫煙と全大腸がんおよび分子サブタイプごとの大腸がん罹患リスクとの関連

 

まとめ

 本研究では、喫煙により、KRAS野生型大腸がん罹患リスクの上昇が観察されました。一方、喫煙と、KRAS変異型、BRAF野生型およびBRAF変異型大腸がん罹患リスクとの関連は認められませんでした。このことから、喫煙による大腸発がんの影響は、大腸がんの分子サブタイプによって異なることが示唆されました。
 欧米では、前向きコホート研究において、腫瘍組織を収集し、分子サブタイプごとに、がん罹患リスクを検討する分子病理疫学研究が先んじて行われています。欧米の大規模な分子病理疫学研究では、喫煙とKRAS野生型またはBRAF変異型大腸がんとの関連が報告されています。KRAS変異の有無に基づいた大腸がん分子サブタイプの結果は、欧米の分子病理疫学研究の結果と一致していましたが、BRAF変異の有無に基づいた大腸がん分子サブタイプの結果は、一致しませんでした。この違いは、欧米人に比べて、アジア人は、大腸がんのBRAF変異の頻度が低いことが影響している可能性があります。

 本研究では、他の観察研究と同様に、未知の交絡因子の影響については考慮できないこと、追跡調査で判明した全ての大腸がんの組織は収集できていないこと、BRAF変異型大腸がんの数が解析するために十分な数でなかったことなどが、研究の限界点として挙げられます。今後、さらなる研究の蓄積が必要です。

 多目的コホート研究の参加者からご提供いただいた血液などの生体試料を用いた研究は、国立がん研究センターの倫理審査委員会の承認を得た研究計画をもとに、「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」などに則って実施されています。国立がん研究センターにおける研究倫理審査については、公式ホームページ(https://www.ncc.go.jp/jp/about/research_promotion/index.html)をご参照ください。

 

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