多目的コホート研究(JPHC Study)
脳卒中、病型別脳梗塞・脳内出血の危険因子の相対危険と人口寄与危険割合
―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成5年(1993年)に茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古の5保健所管内(呼称は2019年現在)にお住まいだった40~69歳の方のうち、解析に利用する質問紙調査項目の回答と健診成績データに欠損がなく、脳卒中、心筋梗塞、がんの既往がない14,658人(男性4,930人、女性9,728人)について、脳卒中の代表的な危険因子と、脳卒中の病型(脳梗塞、脳内出血、くも膜下出血)および脳梗塞の病型(ラクナ梗塞、脳塞栓、アテローム血栓性脳梗塞)との関連性、それぞれの危険因子の寄与割合について調べた結果を専門誌で論文発表しましたので紹介します(J Epidemiol. 2023年7月Web先行公開)。
はじめに
日本の脳卒中による死亡率は1980年までは第一位、1984年までは第二位でした。死亡率の低下はその後も続いていますが、要介護の原因としては第二位、さらに重度の要介護の原因としては第一位を占めています。効果的で効率的な脳卒中発症予防対策に資するため、その病型ごとに危険因子との関連を詳しく調べ、人口寄与危険割合(PAF:Population Attributable Fraction, ある要因を取り除くことができた場合、対象となる疾患の発症を何%防げたかを表す数値)を推定しました。
方法
本研究では、不整脈の既往歴を脳梗塞の危険因子の一つである心房細動の代理変数として使用したため、その内容について研究開始時に質問紙で調査したコホートIIのみを解析対象としました。具体的には、平成5年(1993年)に茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古の5保健所(呼称は2019年現在)管内にお住まいだった40~69歳の方のうち、質問紙調査への回答と健診成績データの利用が可能であった16,476人(男性5,628人、女性10,848人)を対象としました。そのうち、解析に使用する変数に欠損がなく、脳卒中、心筋梗塞、がんの既往歴のない14,658人(男性4,930人、女性9,728人)を最終的な解析対象者としました。そして、研究開始時の危険因子の保有状況と、追跡調査で把握した2012年末までの脳卒中の発症との関連性について統計学的に検討しました。
検討に用いた危険因子と基準としたグループ
喫煙習慣:現在(研究開始時)喫煙している、現在(研究開始時)喫煙していない(基準グループ)
不整脈の既往:「次のような自覚症状が最近1年間にありましたか。脈が乱れたり、不整脈があると言われたことがありましたか?」の質問に「あった」と回答した場合を「不整脈あり」、それ以外を「不整脈なし」(基準グループ)
肥満度:身長(m)と体重(kg)の測定値からBody mass index (BMI)を体重÷(身長)2で算出し、18.5 kg/m2未満、18.5以上25 kg/m2未満(基準グループ)、25 kg/m2以上
高血圧:収縮期血圧140mmHg以上または拡張期血圧90mmHg以上または「現在、お医者さんから薬を処方されて定期的に飲んでいますか。」で「高血圧の薬」を回答した場合を「高血圧あり」、それ以外を「高血圧なし」(基準グループ)
善玉コレステロール:高比重リポ蛋白コレステロール(HDLC)が40 mg/dl未満を「低HDLC血症あり」、40 mg/dl以上を「低HDLC血症なし」(基準グループ)
悪玉コレステロール:総コレステロールからHDLCを除いて算出したNon-HDLCで評価し、「130 mg/dl未満」、「130-149 mg/dl」(基準グループ)、「150-169 mg/dl」、「170 mg/dl以上」
※170 mg/dl以上のグループには、「現在、お医者さんから薬を処方されて定期的に飲んでいますか。」の質問に「血液の脂肪を下げる薬」と回答した場合を含む。
糖尿病:空腹時血糖(グルコース)値が126 mg/dl以上または随時血糖値が200 mg/dl以上または「糖尿病の薬」を内服している場合に「糖尿病あり」、それ以外を「糖尿病なし」(基準グループ)
※対象者の39%が空腹時採血、61%が非空腹時採血
尿蛋白:±以上を陽性、-を陰性(基準グループ)
脳卒中の病型別にみた危険因子との関連性および人口寄与危険割合
図1. 全脳卒中における各要因のハザード比と人口寄与危険割合
糖尿病、高血圧のハザード比はそれぞれ1.83、1.69でした。脳卒中発症者における糖尿病および高血圧の有病割合は、それぞれ10%、63%で、高血圧で高率でした。そのため、糖尿病の人口寄与危険割合は約5%である一方、高血圧の人口寄与危険割合は約26%と高く、糖尿病以外の危険因子と比べても高血圧の人口寄与危険割合は最も高くなっていました。
図2. 脳梗塞における各要因のハザード比と人口寄与危険割合
脳梗塞では、全脳卒中と比べて、糖尿病、現在喫煙のハザード比がやや高くなりましたが、全脳卒中と同様、人口寄与危険割合は高血圧が約25%で、最も高くなっていました。
図3. 脳内出血における各要因のハザード比と人口寄与危険割合
脳内出血では、全脳卒中と比べて、高血圧、尿蛋白のハザード比がやや高くなりましたが、全脳卒中同様、人口寄与危険割合は高血圧が約28%と最も高くなっていました。
脳梗塞の病型別にみた危険因子との関連性および人口寄与危険割合
図4. 皮質枝系脳梗塞における各要因のハザード比と人口寄与危険割合
脳梗塞では、全脳卒中と比べて、現在喫煙、高Non-HDLC血症、糖尿病のハザード比が高く、人口寄与危険割合は高Non-HDLC血症が21%で、現在喫煙、肥満、高血圧がそれぞれ約19%、約17%、約17%と続きました。
図5. ラクナ梗塞における各要因のハザード比と人口寄与危険割合
ラクナ梗塞では、全脳卒中と比べて、糖尿病、高血圧のハザード比がやや高くなっていましたが、人口寄与危険割合はそれぞれ約9%、約28%と、高血圧が最も高くなっていました。
図6. 脳塞栓における各要因のハザード比と人口寄与危険割合
脳塞栓では、全脳卒中と比べて、不整脈の既往歴(心房細動の代理変数)、糖尿病のハザード比が高く、高血圧のハザード比はほぼ同じでしたが、人口寄与危険度割合は、それぞれ約13%、約6%、約28%と、人口寄与危険割合は高血圧が最も高くなっていました。
結果のまとめ
脳卒中の主要な危険因子と、全脳卒中や脳卒中の各病型、さらに脳梗塞の各病型との関連を日本人一般集団の大規模コホートで検証したところ、危険因子の関連性の強さは病型によりばらつきはあるものの、人口寄与危険割合はいずれの病型でも高血圧の寄与する割合が高く、全脳卒中発症数の25%以上は高血圧によって説明されました。ただし、皮質枝系脳梗塞の人口寄与危険割合は高Non-HDLC血症が約21%と最も高く、高血圧は約17%でした。これらのことから、高血圧は日本における脳卒中予防のために最も重要な介入目標とみなし得ると言えます。
研究の限界
今回の研究には、いくつかの限界が存在しています。1つ目は、約20年前に実施されたベースライン調査で得られた情報を用いており、各危険因子の保有割合等が今の状況とは大きく異なる可能性があることです。論文では、2019年の国民健康・栄養結果から求めた危険因子の保有割合に基づく人口寄与危険割合も計算し、示しています。
2点目の限界は、本解析は、JPHC研究対象者全体の一部、すなわち健診成績があり、不整脈の既往歴を含むアンケート調査の回答がある対象者に限られていることです。解析対象となった集団は、除外された集団に比較し、年齢が高く、喫煙者割合が男女とも低い傾向がありました。人口寄与危険割合の計算には危険因子の保有割合を用いていますが、研究対象となった集団の特徴が反映された可能性があります。
3点目の限界は、心房細動の代理変数として不整脈の既往歴を用いている点です。心房細動以外の他の不整脈を含んでいる可能性がある一方、本当に心房細動がある方が申告していない可能性もあります。したがって、結果の解釈には注意が必要ですが、それでも不整脈の既往歴と脳塞栓や脳梗塞が強い関連性を示したことは心房細動の危険因子としての重要性を示唆しているものと考えられます。