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多目的コホート研究(JPHC Study)

生活を楽しんでいる意識と要介護認知症との関連について

―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―

 私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)に、秋田県横手、長野県佐久、茨城県水戸、高知県中央東、沖縄県中部の5保健所(呼称2019年現在)管内にお住まいだった約3万9000名を対象として、、調査開始5年時点の「生活を楽しんでいる意識」と介護保険認定情報から把握した認知症(以下、認知症)との関連を調べました。その結果を専門誌で論文発表しましたのでご紹介します(J Gerontol B Psychol Sci Soc Sci. 2023年9月Web先行公開)。

 これまでの多くの研究から、加齢、基礎的な健康状態、社会経済的状態、生活習慣などが認知症発症と関連していることがわかってきました。近年注目されている要因のひとつに、心理的ウェルビーイングという、人生の目的など、人生全般にわたるポジティブな心理的な要因があります。心理的ウェルビーイングと循環器疾患など慢性疾患との関連は報告されてきましたが、認知症との関連を検討した研究はまだ少ない状況でした。心理的ウェルビーイングの一側面である生活を楽しんでいる意識を有することで周囲との関わりが肯定的になると考えられており、生活を楽しんでいる意識は認知症の前兆である高齢者の歩行速度に関連することが報告されております。そこで私たちは、中年期の男女を対象として開始した多目的コホート研究において、生活を楽しいと感じるポジティブな意識とその後の認知症リスクとの関連を調べました。

 

研究方法の概要

 生活を楽しんでいる意識を把握する質問として、調査開始5年後の1995年または1998年に実施したアンケート調査における「あなたはご自分の生活を楽しんでいると思われますか?」という質問を用いました。そして、質問に対する回答(「いいえ」、「ふつう」、「はい」)によって、対象者を、生活を楽しんでいる意識が「いいえ→低い」、「ふつう→中程度」、「はい→高い」の3つのグループに分けました。今回の研究では生活を楽しんでいる意識が低いグループと比べた場合の、「中程度」、ならびに「高い」グループのその後の認知症リスクを調べました。また、認知症と診断される前の脳卒中既往(2009年または2012年までの追跡)の有無から、脳卒中既往のない認知症と脳卒中既往のある認知症に分けた解析も行いました。解析にあたって、アンケート回答時の年齢、性別、地域、体格、喫煙習慣、飲酒習慣、身体活動、既往歴(高血圧、糖尿病)、睡眠時間、職種、自覚的ストレスを統計学的に調整し、これらの要因による影響をできるだけ取り除きました。

 

生活を楽しんでいる意識が高い人は、認知症リスクが低い

 2006年から2016年までの認知症追跡期間中に、4,642人が認知症と診断されていることを確認しました。解析の結果、生活を楽しんでいる意識が低い人と比較して、中程度の人では25%、高い人では32%、統計学的有意に認知症リスクが低いことが明らかになりました(図1左)。脳卒中の発症登録がなされた2009年または2012年までの認知症追跡期間中に診断された認知症は2,158人で、そのうち、脳卒中既往のない認知症が1,533人、脳卒中既往のある認知症が625例でした。脳卒中既往の有無で分けた2タイプの認知症のいずれにおいても、生活を楽しんでいる意識が低い人に比べて、中程度と高い人では認知症リスクが統計学的有意に低いという結果でした。 (図1中央、図1右)。

 

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図1. 生活を楽しんでいる意識と認知症リスクとの関連

 

自覚的ストレスが高いと、生活を楽しんでいる意識と認知症リスクの関連が見られない

 自覚的ストレスが生活を楽しんでいる意識と認知症の関係に与えている影響を調べるため、生活を楽しんでいる意識の調査と同時点における自覚的ストレスについても調べてみたところ、自覚的ストレスが「少ない」および「ふつう」のグループでは、生活を楽しんでいる意識が低い人と比較して、中程度ならびに高い人では認知症リスクが統計学的有意に低く、さらに脳卒中の既往のない認知症、既往のある認知症のいずれも同様の結果でした。一方、自覚的ストレスが「多い」グループでは、生活を楽しんでいる意識と認知症リスクの間に統計学的有意な差はみられず、脳卒中の既往の有無で分けた解析の場合でも、生活を楽しんでいる意識と認知症との関連がみられませんでした (図2)。

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図2. 自覚的ストレスの程度別で分けた、生活を楽しんでいる意識と認知症リスクとの関連

 

まとめ

 今回の研究の結果、生活を楽しんでいる意識が高い群で認知症リスクが低いことが示されました。これまでの中年期人口を対象とした報告から、心理状態との関連が見られるのは約10年以内(20年を超えない)に発症する認知症と考えられ、今回の研究で約11年追跡した認知症でも同様の結果が得られました。

 また、これまでに、自覚的ストレスの感受性を高めうる性格を有することで、認知症リスクが高まることが報告されていますが、今回の研究の結果、自覚的ストレスが少ない、もしくは中程度であれば、生活を楽しんでいる意識が高いことが認知症リスクを低下させる可能性が示されました。今回の研究結果は、自覚的ストレスをコントロールしながら生活を楽しんでいる意識を持つことが、将来の認知症の発症予防に重要であることを強調するものです。

 今回の研究の限界として、調査開始時点で認知機能や認知症の既往が把握できていなかったこと、認知症の分類は把握していないこと、収入レベルなどの情報が考慮できなかったこと、今回調査した生活を楽しんでいる意識は心理的ウェルビーイング大まかに把握するものにとどまるために認知症予防のための具体的な行動を特定することが難しいことが挙げられ、今後さらなる研究が必要です。

 

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