多目的コホート研究(JPHC Study)
睡眠時間やその変化と要介護認知症との関連
―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)と平成5年から6年(1993年から1994年)に、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、高知県中央東の5保健所(呼称は2019年現在)管内にお住まいだった方々のうち、調査開始時のアンケートに回答した40~71歳の約42,000人の男女を平成28年(2016年)まで追跡した調査結果にもとづいて、睡眠時間やその変化と、要介護認定情報から把握した認知症(以下:認知症)との関連を調べた結果を専門誌で論文発表しましたので、ご紹介します(Prev Med. 2024年2月Web先行公開)。
睡眠時間やその変化と認知症発症との関連については、これまでにも多くの報告がされています。しかしながら、多くの研究は高齢者(65歳以上)を対象とし、かつ追跡期間が短いことから、認知症や認知機能低下の症状の一つとして睡眠時間が変化している可能性があるために、睡眠時間やその変化が原因なのか、結果なのかの区別が困難でした。大多数が正常な認知機能を保っていると考えられる中年期(40歳から64歳)の集団を研究対象としたり、長期間追跡したりと、原因と結果を区別しようとする研究も散見されますが、その数は少なく、結果も一定していません。そこで私たちは、主に中年期の男女を対象として開始した多目的コホート研究において、睡眠時間やその変化と、その後の認知症リスクとの関連を調べました。
研究方法の概要
本研究では、調査開始時点(ベースライン)に実施したアンケート調査における、普段の睡眠時間(以下「ベースライン睡眠時間」とする)を尋ねる質問への回答を用いました。回答にしたがって、対象者を「3-5時間」「6時間」「7時間」「8時間」「9時間」「10-12時間」のグループに分類しました。また、調査開始から5年後時点の回答も用いて、睡眠時間の変化による分類も行いました。2つの時点の睡眠時間から、「2時間以上減少」「1時間減少」「変化なし」「1時間増加」「2時間以上増加」のグループに分類しました。それぞれ、ベースライン睡眠時間の解析では「7時間」、睡眠時間の変化の解析では「変化なし」のグループを基準とし、その他のグループにおけるその後の認知症リスクを算出しました。
解析時には、年齢、性別、地域、体格、喫煙習慣、飲酒量、緑茶摂取量、コーヒー摂取量、運動習慣、居住形態(独居か否か)、心理的ストレス、糖尿病の有無、高血圧の有無について統計学的に調整し、結果に与える影響をできるだけ取り除きました。睡眠時間の変化に関する解析時には、これらの変化も考慮して解析を行いました。
睡眠時間が長いと、認知症リスクが高い
2007年から2016年までに、4,621人が認知症と診断されていることを確認しました。解析の結果、睡眠時間が1日7時間の人に比べて、9時間の人では13%、10-12時間の人では40%、認知症リスクが高いことが示されました(図1)。また、睡眠時間と認知症リスクとの関連はJ字型の傾向(トレンド)にあることがわかりました。
図1. ベースライン睡眠時間と認知症リスク
睡眠時間が長くなる、もしくは7時間未満の人で短くなると、認知症リスクが高い
睡眠時間の変化については、5年間で睡眠時間がほとんど変わらなかった人と比べて、睡眠時間が2時間以上長くなった人では認知症リスクが37%高いことが示されました(図2)。睡眠時間が短くなった人での認知症リスクに、全体として差はありませんでしたが、元々の睡眠時間が7時間未満だった人では2時間以上短くなると、認知症リスクが56%高いことが明らかとなりました(図3)。
図2. 5年間の睡眠時間の変化と認知症リスク(全体)
-≥2:2時間以上減少、-1:1時間減少、0:変化なし、+1:1時間増加、+≥2:2時間以上増加
図3. 5年間の睡眠時間の変化と認知症リスク(ベースライン睡眠時間による層別解析)
-≥2:2時間以上減少、-1:1時間減少、0:変化なし、+1:1時間増加、+≥2:2時間以上増加
まとめ
今回の研究の結果、睡眠時間が長いこと、また、5年間での睡眠時間の2時間以上の延長があると、1日7時間の睡眠時間や睡眠時間の変わらない人に比べて認知症リスクが高いことが明らかになりました。
長時間睡眠がどのように認知症を引き起こすのかについては、よくわかっていません。認知症のリスク因子の一つである慢性炎症が眠気を引き起こすことから、長時間睡眠が認知症リスクと関連した可能性があります。また、今回の研究では検討できませんでしたが、ベンゾジアゼピン系薬剤などの睡眠薬は認知症リスクを高めることが知られており、睡眠時間の長い人に、睡眠薬を内服している人が多かった可能性もあります。
一方で、睡眠不足(短時間睡眠)はアミロイドβの蓄積や炎症を引き起こすことが報告されており、脳へのダメージから認知機能低下をもたらす可能性があります。
今回の結果は、健康づくりのための睡眠ガイド2023において「長い床上時間(寝床で過ごす時間)が8時間以上にならないことを目安に、必要な睡眠時間を確保する」という内容が高齢者への推奨項目の1つとして挙げられているように、適正な睡眠時間の確保・維持が認知症予防の観点からも重要であることを支持する結果でした。一方で、睡眠時間が自己申告に基づいており、不正確な可能性があることや、睡眠薬の内服や精神疾患の既往を考慮できていない点は本研究の限界点であり、さらなる研究が望まれます。