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多目的コホート研究(JPHC Study)

冠動脈性心疾患、脳卒中、心血管疾患の生涯発症リスクについて

―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―

 私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成5年(1993年)と平成7年(1995年)に秋田県横手、岩手県二戸、長野県佐久、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古の8保健所(呼称は2019年現在)管内にお住まいで、循環器疾患(脳卒中と心筋梗塞)の既往を有さない40~69歳の方のうち、血圧、non-HDLコレステロール(総コレステロールからHDL-Cを引いた値、以下、non-HDL-C)、喫煙状況、血糖値を把握できた25,896人を対象に、それらの値をもとに対象者をグループ化し、45歳時点での循環器疾患発症の生涯リスクを推定しました。今回の研究では、循環器疾患以外の原因での死亡という競合リスク※を考慮して、生涯リスクの推定を行いました。さらに、循環器疾患を冠動脈疾患、脳卒中、動脈硬化性疾患に分けた分析も実施し、それらの結果を専門誌で論文発表しましたので紹介します(J Atheroscler Thromb.2024年7月Web先行公開)。
※競合リスク:対象者が高血圧などの危険因子を有し、何らかの原因で死亡した場合、その後の循環器疾患発症リスクは評価できなくなり、この現象を競合リスクと呼びます。そこで、他の原因で死亡した場合には、その後も循環器疾患を発症するかもしれないという仮定をあてはめ、競合リスクの統計学的な調整を行って生涯リスクを推定しています。

生涯リスクの検討に用いたリスク因子と解析方法

 生涯リスクとは、ある年齢から生涯にわたり循環器疾患をどのくらいの確率で発症するのかという指標で、ある年齢から積み上げられた発症数を基に計算される累積罹患率で表されます。本研究では、各年齢層の代表値として45歳、55歳、65歳、75歳を開始年齢とし、85歳までの生涯リスクを推計しました。例えば、45歳のときでは、今後10年間で循環器疾患を起こす確率はあまり高くはなりませんが、85歳までの生涯リスクで見積もると、リスク因子の状況が変わらなければ、生涯にわたり循環器疾患をどのくらいの確率で発症するのか見積もることが可能になります。

 はじめに、血圧、non-HDL-C、喫煙、糖尿病の4つのリスク因子の保有状況の組み合わせにより、対象者を4つのリスク因子グループに分類しました。

 

危険因子      境界域リスク因子 主要リスク因子
血圧 120~139/80~89mmHg 140/90mmHg以上または服薬あり
non-HDL-C 150~169mg/dL 170mg/dL以上または服薬あり
喫煙 喫煙あり
糖尿病 糖尿病予備軍:空腹時血糖値100~125mg/dL(随時採血は140~199mg/dL) 糖尿病:空腹時血糖値126mg/dL以上(随時採血は200mg/dL以上)または糖尿病治療中

 

① いずれも至適基準(境界域危険因子および主要リスク因子に該当する項目がない)
② いずれか1つ以上の境界域リスク因子を有する
③ いずれか1つの主要リスク因子を有する
④ 2つ以上の主要リスク因子を有する
に分類しました(複数の番号に該当する場合はより大きい数字が優先)。

 

2つ以上のリスク因子のあるグループでは45歳時点の循環器疾患発症の生涯リスクが高い

 本研究の追跡中に男性853人、女性835人が、循環器疾患を発症しました。リスク因子グループ別に45歳の調整済み循環器疾患発症の生涯リスクを推定したところ、主要リスク因子が2つ以上ある場合は、男性では26.5%(95%信頼区間、24.0%~29.0%)、女性では15.3%(95%信頼区間、13.1%~17.5%)でした(図1)。女性よりも男性の方で、循環器疾患の発症に対してリスク因子の影響が大きく、また男女ともリスク因子が減ると生涯リスクが低下していました。

 

(クリックして拡大)

図1 . リスク因子グループ別にみた45歳の循環器疾患発症の生涯リスク

 

 

年齢ごとのリスク因子グループ別循環器疾患発症の生涯リスク

 

 リスク因子の保有状況別にみた、各年齢での生涯リスクを、冠動脈疾患、脳卒中、動脈硬化性疾患、全循環器疾患に分けて示しました(表1、2)。動脈硬化性疾患とは、冠動脈疾患と脳卒中のうちのアテローム血栓性脳梗塞と定義しました。この表から、全循環器疾患のうち、脳卒中による生涯リスクが最も高いことは循環器疾患の特徴として挙げられます。また、動脈硬化性疾患は、全て至適水準のグループでは、どの年齢においてもほとんど生涯リスクは上がりません。しかし、リスク因子が増えると、45歳男性でも10%という大きな生涯リスクになることが分かります。高血圧、脂質異常、喫煙、糖尿病はいずれも動脈硬化と強い関連があることから、そのような結果につながったと考えられます。

 

 表1. 男性の循環器疾患に対する生涯リスク

  全て至適水準 ≥ 1個の
境界域リスク因子
1個の
主要リスク因子
≥ 2個の
主要リスク因子
開始年齢 生涯リスク, % 生涯リスク, % 生涯リスク, % 生涯リスク, %
45歳        
 冠動脈疾患  0.3 (0.0, 1.0)  1.6 (0.4, 2.7)  2.3 (1.6, 3.0)  7.5 (5.8, 9.1)
 脳卒中  7.1 (3.1, 11.1)  11.0 (8.4, 13.6)  14.6 (12.8, 16.3)  20.2 (17.9, 22.4)
 動脈硬化性疾患  1.4 (0.0, 3.6)  2.9 (1.4, 4.3)  4.4 (3.4, 5.4)  10.1 (8.3, 11.8)
 全循環器疾患  7.4 (3.4, 11.5)  12.6 (9.7, 15.4)  16.9 (15.0, 18.8)  26.5 (24.0, 29.0)
55歳        
 冠動脈疾患  0.4 (0.0, 1.1)  1.6 (0.4, 2.8)  2.3 (1.6, 3.1)  5.7 (4.5, 6.9)
 脳卒中  7.5 (3.3, 11.7)  11.0 (8.4, 13.6)  13.7 (12.0, 15.3)  19.4 (17.2, 21.5)
 動脈硬化性疾患  1.5 (0.0, 3.8)  2.7 (1.3, 4.1)  4.4 (3.4, 5.4)  8.1 (6.7, 9.5)
 全循環器疾患  7.8 (3.6, 12.1)  12.4 (9.6, 15.3)  16.1 (14.2, 17.9)  23.9 (21.6, 26.2)
65歳        
 冠動脈疾患  -  1.6 (0.4, 2.9)  2.0 (1.3, 2.8)  4.2 (3.1, 5.3)
 脳卒中  7.4 (3.1, 11.7)  9.8 (7.2, 12.5)  12.2 (10.5, 13.9)  16.0 (13.9, 18.1)
 動脈硬化性疾患  1.2 (0.0, 3.4)  2.6 (1.2, 4.1)  4.2 (3.1, 5.2)  6.6 (5.2, 7.9)
 全循環器疾患  7.4 (3.1, 11.7)  11.4 (8.6, 14.3)  14.3 (12.5, 16.1)  18.9 (16.7, 21.2)
75歳        
 冠動脈疾患  -  1.0 (0.0, 2.3)  1.5 (0.7, 2.3)  2.6 (1.5, 3.8)
 脳卒中  4.2 (0.0, 8.3)  7.3 (4.6, 10.0)  8.0 (6.2, 9.7)  8.9 (6.8, 11.1)
 動脈硬化性疾患  1.3 (0.0, 4.0)  1.6 (0.2, 3.0)  3.1 (2.0, 4.2)  3.4 (2.1, 4.6)
 全循環器疾患  4.2 (0.0, 8.3)  8.4 (5.4, 11.4)  9.6 (7.7, 11.6)  10.2 (7.9, 12.5)

 ※括弧内の数値は95%信頼区間を示す。

 

表2. 女性の循環器疾患に対する生涯リスク

  全て至適水準 ≥ 1個の
境界域リスク因子
1個の
主要リスク因子
≥ 2個の
主要リスク因子
開始年齢 生涯リスク, % 生涯リスク, % 生涯リスク, % 生涯リスク, %
45歳        
 冠動脈疾患 0.5 (0.0, 1.2) 1.0 (0.5, 1.6) 1.3 (0.8, 1.7) 2.3 (1.5, 3.2)
 脳卒中 8.1 (4.8, 11.4) 7.6 (6.1, 9.0) 11.9 (10.5, 13.3) 13.3 (11.2, 15.3)
 動脈硬化性疾患 1.0 (0.0, 1.9) 2.0 (1.2, 2.8) 2.9 (2.1, 3.6) 3.9 (2.8, 5.1)
 全循環器疾患 8.7 (5.3, 12.0) 8.5 (7.0, 10.0) 13.1 (11.6, 14.5) 15.3 (13.1, 17.5)
55歳        
 冠動脈疾患 0.5 (0.0, 1.2) 0.9 (0.4, 1.3) 1.3 (0.8, 1.8) 2.1 (1.4, 2.9)
 脳卒中 7.8 (4.5, 11.1) 7.4 (5.9, 8.8) 11.0 (9.7, 12.3) 12.8 (10.8, 14.7)
 動脈硬化性疾患 1.0 (0.0, 1.9) 1.8 (1.0, 2.6) 2.8 (2.0, 3.5) 3.8 (2.7, 4.8)
 全循環器疾患 8.4 (5.0, 11.7) 8.2 (6.6, 9.7) 12.1 (10.8, 13.5) 14.6 (12.6, 16.7)
65歳        
 冠動脈疾患 0.5 (0.0, 1.1) 0.8 (0.4, 1.3) 1.2 (0.7, 1.7) 2.1 (1.3, 2.9)
 脳卒中 7.4 (4.0, 10.7) 6.5 (5.0, 7.9) 9.6 (8.3, 10.9) 11.7 (9.7, 13.6)
 動脈硬化性疾患 0.9 (0.0, 1.9) 1.8 (1.0, 2.6) 2.6 (1.9, 3.3) 3.8 (2.7, 4.8)
 全循環器疾患 7.9 (4.4, 11.3) 7.2 (5.7, 8.7) 10.6 (9.3, 12.0) 13.5 (11.4, 15.6)
75歳        
 冠動脈疾患 0.3 (0.0, 1.0) 0.5 (0.0, 0.9) 0.9 (0.4, 1.3) 1.1 (0.4, 1.8)
 脳卒中 6.2 (2.8, 9.7) 4.8 (3.4, 6.2) 6.5 (5.2, 7.7) 7.1 (5.2, 9.0)
 動脈硬化性疾患 0.8 (0.0, 1.8) 1.1 (0.4, 1.9) 2.0 (1.3, 2.8) 2.2 (1.2, 3.3)
 全循環器疾患 6.6 (3.1, 10.1) 5.1 (3.6, 6.6) 7.2 (5.8, 8.5) 7.9 (5.9, 9.9)

 ※括弧内の数値は95%信頼区間を示す。

 

まとめ

 本研究では、高血圧、脂質異常、喫煙、糖尿病などのリスク因子を有していることが、将来的な循環器疾患の発症に大きく影響していることが明らかになりました。
 リスク因子があった場合でも、若い人であれば10年間に循環器疾患を発症する絶対リスクはあまり高くなりませんが、生涯リスクで考えれば、45歳の男性では4人に1人が、女性では6人に1人が循環器疾患を発症すると推定されます。循環器疾患の予防のためには、生活習慣の改善に基づくリスクコントロールが最も重要であり、本研究は性別にかかわらず、若いうちからリスクを減らすことのメリットを示していると言えます。
 なお、今回の研究では、対象地域に都市部が含まれていないこと、および85歳を超える対象者数が少なく、生涯リスクと言えども85歳時までの評価であったことなどが限界点としてあげられます。

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