多目的コホート研究(JPHC Study)
TP53遺伝子およびApoB遺伝子の多型と胆道がん罹患リスクとの関連について
―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―
私たちは、さまざまな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞といった疾患との関連を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てることを目的として研究を行っています。平成2年(1990年)および平成5年(1993年)に、全国9カ所の保健所の管内にお住まいだった40~69歳の方々のうち、研究開始時のアンケート調査と血液提供にご協力いただいた約3万4千人の方々を対象とし、平成21年(2009年)まで追跡して得られた結果に基づき、TP53遺伝子およびApoB遺伝子の多型(DNA配列のわずかな個人差)と胆道がん罹患のリスクとの関連について調べた結果を専門誌で発表しましたので紹介します(Cancer Prev Res. 2025年5月公開)。
胆道がんは、胆のうや胆管に発生するがんであり、早期発見が難しく、一般的に予後が不良とされています。その発生には、食生活や生活習慣などの環境要因だけでなく、生まれ持った体質、すなわち遺伝的な要因も関与すると考えられています。今回の研究では、TP53とApoBという2つの遺伝子に着目しました。TP53遺伝子は、細胞のがん化を防ぐ上で重要な役割を持つがん抑制遺伝子です。この遺伝子のrs1042522多型が、がん化を防ぐ機能に影響を及ぼす可能性が指摘されています。一方、ApoB遺伝子は、コレステロールを運ぶ低比重リポタンパク質(LDL)を構成するアポリポプロテインBの設計図となる遺伝子です。この遺伝子のrs693多型が、胆石の形成や胆道系疾患に影響を及ぼす可能性が報告されています。ただし、これらの遺伝子と胆道がん罹患との関連については、これまでの研究結果が一貫しておらず、特に日本人を対象として長期的に追跡した研究報告はありませんでした。そこで本研究では、日本人の大規模な集団を長期間追跡した多目的コホート研究(JPHC研究)のデータを用いて、これらの遺伝子多型と胆道がん罹患リスクとの関連を調べました。
保存血液を用いた症例コホート研究
多目的コホート研究の参加者のうち、調査開始時にアンケート調査に回答し、血液を提供していただいた約3万4千人を約19年間追跡したところ、154人で胆道がんの罹患が認められ、これらを症例グループとして設定しました。一方、比較対象として、元の約3万4千人から無作為に約1万3千人を選択し、これらを対照グループとして設定しました。いずれのグループにおいても、過去にがんになったことがある人や必要な情報が得られなかった人は除外したうえで分析を行いました。
血液から得られた情報により、TP53遺伝子のrs1042522多型はGG型・GC型・CC型の3つのタイプに分類され、同様にApoB遺伝子のrs693多型はCC型・CT型・TT型の3つのタイプに分類されました。これらの遺伝子多型と胆道がん全体の罹患リスク、さらに胆道がんの主要3タイプ(肝内胆管がん、胆のうがん、肝外胆管がん)の罹患リスクとの関連を統計学的に解析しました。解析にあたっては、年齢、性別、地域、肥満度(BMI)、胆石症の既往歴、糖尿病の既往歴、慢性肝炎または肝硬変の既往歴、喫煙状況、飲酒状況などの要因による影響が考慮されるよう統計学的に調整しました。
TP53遺伝子と胆道がん罹患リスクとの関連
解析の結果、TP53遺伝子のrs1042522多型と胆道がん罹患リスクとの間に統計学的に有意な関連が認められました。具体的には、GG型またはGC型を持つ人と比較した場合、CC型を持つ人では胆道がん罹患リスクが高いことがわかりました(図1)。また、胆道がんの主要3タイプを個別に解析したところ、胆のうがんおよび肝外胆管がんの罹患において、CC型ではGG型またはGC型と比べてリスクが上昇する可能性が示されました(図2)。
図1. TP53 rs1042522多型と胆道がん罹患リスクとの関連
図2. 胆道がんタイプ別にみたTP53 rs1042522遺伝子多型CC型のリスク
ApoB遺伝子と胆道がん罹患リスクとの関連
ApoB遺伝子のrs693多型については、胆道がん罹患リスクとの関連が認められませんでした。CC型とCT型との間で統計学的に有意なリスクの差は見られず、TT型を持つ人は症例グループに該当者がいなかったため評価できませんでした。本研究の集団において、Tアレルの頻度が極めて低かったことにより、胆道がん罹患リスクとの関連が検出されにくくなった可能性があります。
まとめ
本研究の結果から、TP53 rs1042522多型のCC型が、日本人集団において胆道がん(特に胆のうがんと肝外胆管がん)の罹患リスクを高める可能性が示されました。一方、ApoB rs693多型と胆道がん罹患リスクとの間に明確な関連は確認されませんでした。
TP53 rs1042522多型のCC型の頻度は人種間で異なり、アジアや南米では欧米よりも高いことが知られています。このCC型の頻度の違いが、胆道がん(特に胆のうがん)罹患率に地域差が見られる一因となっている可能性も考えられます。本研究で見られたCC型でのみリスクが上昇するという結果は、GアレルがCアレルのリスクを補うように働き、ヘテロ接合体(GC型)ではTP53遺伝子の機能がほぼ正常に保たれる可能性を示しています。
これまでに日本人の大規模な集団を長期間追跡した研究で、TP53遺伝子の多型による胆道がん罹患リスクへの影響を明らかにした報告はなく、本研究が初めての報告となります。今後、リスクの高い遺伝子多型を持つ方を早めに見つけることで、検査や治療を効率よく進めることができるようになるかもしれません。さらに詳しく調べていくことで、がんの予防や早期発見につながる新たな方法が見つかることが期待されます。
研究用にご提供いただいた血液を用いた研究の実施にあたっては、具体的な研究計画を国立がん研究センターの倫理審査委員会に提出し、ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針について審査を受けてから開始します。今回の研究もこの手順を踏んだ後に実施いたしました。国立がん研究センターにおける研究倫理審査については、公式ホームページをご参照ください。
多目的コホート研究では、ホームページに多層的オミックス技術を用いる研究計画のご案内や遺伝子情報に関する詳細も掲載しています。