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多目的コホート研究(JPHC Study)

生活習慣と遺伝的リスクスコアによる大腸がん罹患リスクの予測について

―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―

 私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古の9保健所管内(呼称は2019年現在)にお住まいだった40~69歳の方々のうち、①調査開始時のアンケート調査への回答と血液の提供にご協力下さった男女約3万4千人の方々と、②調査開始から5年後の調査で初めてアンケート調査への回答と血液の提供にご協力下さった男女約1万1千人の方々を対象に、生活習慣およびゲノムに見られる遺伝子多型(DNA配列の個人差)を用いて、大腸がん罹患を予測するモデルの研究開発を行った成果を、専門誌で論文発表しましたので紹介します(Can Epidemiol. 2025年7月公開)。

 近年、ゲノムに見られる遺伝子多型を可能な限り利用した遺伝的リスクスコアによる、疾患の罹患を予測する研究が行われています。大腸がんにおいては、生活習慣情報により大腸がん罹患を予測する研究が先行しており、我々も、生活習慣情報に基づいて10年間に大腸がんに罹患する確率を計算するための予測モデルを構築し、公表しています(男性が10年間で大腸がんを発生する確率について:危険因子による個人のがん発生の予測)。本研究では、公開データを用いて31の遺伝的リスクスコアの研究開発を行い、遺伝的リスクスコアの性能を予測性能の指標であるC統計量(0.5から1の範囲の値をとり、1に近づくほど予測性能が高い)を用いて評価しました。さらに、遺伝的リスクスコアと生活習慣情報*を組み合わせた予測モデルを構築して、遺伝的リスクスコアの高いグループと低いグループにおける、10年間に大腸がんに罹患する確率を男女別に推計しました。

*生活習慣情報の定義
 本研究では、我々の先行研究である、生活習慣情報に基づいて10年間に大腸がんに罹患する確率を計算するための予測モデルの研究において、大腸がん罹患と深く関わっていることが示唆された、年齢、肥満度(body mass index, BMI)、飲酒、喫煙の4つの生活習慣に関する情報を予測モデルに組み入れました。先行研究では、身体活動度についても、大腸がん罹患との関連が示唆されていましたが、本研究では、先行研究と同じ評価が出来ず、予測モデルには使用しませんでした。


保存血液を用いた研究の方法について

 本研究で対象とした多目的コホート研究の調査開始時の集団(約3万4千人)を平成21年(2009年)まで追跡したところ、790人の大腸がん症例が把握されました。大腸がんに罹患した人と比べるため、対照として、13,024人を約3万4千人から無作為に選択しました。このうち、生活習慣とゲノム情報が得られたのは、大腸がん症例693人(男性:352人、女性:341人)と大腸がん既往のない対照11,694人(男性:4,092人、女性:7,602人)でした。
 同様に、多目的コホート研究開始から5年後の調査ではじめてアンケートへの回答と血液の提供にご協力いただいた集団(約1万1千人)を平成21年(2009年)まで追跡したところ、267人の大腸がん症例が把握され、対照として、4,000人を約1万1千人から無作為に選択しました。このうち、ゲノム情報が得られたのは、大腸がん症例200人(男性:115人、女性:85人)と大腸がん既往のない対照3,803人(男性:1,590人、女性:2,213人)でした。
 本研究では、開発した遺伝的リスクスコアの予測性能の再現性を評価するために、多目的コホート研究の2つの集団を用いて分析を行いました。まず、調査開始から5年後の集団で最も性能の良い遺伝的リスクスコアの選択を行った後、調査開始時の集団で、選択された遺伝的リスクスコアの性能の検証を行いました。

 

遺伝的リスクスコアの選択

 公開データをもとに、合計で31の遺伝的リスクスコアの候補を開発しました。具体的には、遺伝子多型と大腸がん罹患との関連があるかどうかの判断基準となるP値と遺伝子多型同士の関連の強さを表す指標であるR2を段階的に変化させる古典的な手法を用いて24の遺伝的リスクスコアを、ベイズモデルにより遺伝子多型の効果量を推計する手法を用いて7つの遺伝的リスクスコアを開発しました。そして、多目的コホート研究の調査開始から5年後の集団に当てはめ、大腸がん罹患を予測する性能を、C統計量で比較評価しました。31の遺伝的リスクスコアの中で、最大のC統計量を示したのは、 P値= 0.05でR2 = 0.8の条件で開発した、104,677の遺伝子多型情報を用いたリスクスコアでした(C統計量=0.68)。

 

遺伝的リスクスコアの評価

 C統計量から最も性能が優れていると考えられた、104,677の遺伝子多型情報を用いたリスクスコアを、多目的コホート研究の調査開始時の集団に当てはめて再評価したところ、C統計量は少し低下し、男性で0.64、女性で0.62でした。同時に、生活習慣情報を用いた予測モデルのC統計量を評価したところ、男性で0.64、女性で0.61でした。さらに、遺伝的リスクスコアに生活習慣情報を組み合わせて評価したところ、男性で0.66、女性で、0.63となり、両者を組み合わせることで、予測性能が上昇することが示唆されました。

 

生活習慣情報と遺伝的リスクスコアを組み合わせて予測した10年間に大腸がんに罹患する確率

 遺伝的リスクスコアに基づいて、人数が均等になるように調査開始時の集団を5つのグループに分け、そのうち遺伝的リスクスコアが最も低いグループと最も高いグループを、さらに生活習慣が比較的良好なグループ(非喫煙・非飲酒者でBMIが22kg/m2)とあまり良好とはいえないグループ(喫煙・飲酒者でBMIが27kg/m2)に分け、4通りの組み合わせに分類しました。そして、それぞれの組み合わせにおける50歳の男女がその後10年間に大腸がんに罹患する確率を推計しました。
遺伝的リスクスコアが高い男性のうち、あまり良好とはいえない生活習慣の人の大腸がん罹患の確率は3.3%、比較的良好な生活習慣の人の確率は1.1%でした。同様に、遺伝的リスクスコアの低い男性のうち、比較的良好な生活習慣の人の大腸がん罹患の確率は1.6%、あまり良好とはいえない生活習慣の人の確率は0.5%で、比較的良好な生活習慣の人では大腸がん罹患リスクが約3分の1程度であることが分かりました。女性においては、男性よりも10年間に大腸がんに罹患する確率が低く、女性間でのリスク差は大きくありませんでしたが、男性と同様に、遺伝的リスクスコアが高いグループでも低いグループでも、比較的良好な生活習慣を持つ人は、あまり良好とはいえない生活習慣の人よりも10年間に大腸がんに罹患するリスクが低いことが示唆されました。

図. 50歳の男女における10年間に大腸がんに罹患する確率

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まとめ

 本研究で開発した大腸がんの罹患を予測する31の遺伝的リスクスコアの中で、104,677の遺伝子多型情報を用いたリスクスコアが最も優れた性能を示しました。さらに、その遺伝的リスクスコアと生活習慣情報を組み合わせることで、予測性能が向上することが示唆されました。また、先行研究と一致して、遺伝的リスクスコアの高低によらず、比較的良好な生活習慣を持つ人は、あまり良好とはいえない生活習慣の人に比べて、10年間に大腸がんに罹患する確率が低い傾向があったことから、個人の遺伝的リスクスコアに関わらず、理想的な生活習慣は、大腸がんの罹患リスクの低減につながると考えられます。
本研究では、遺伝的リスクスコアの選択から評価、10年間に大腸がんに罹患する確率の推計に、多目的コホート研究の集団のみを利用しています。そのため、多目的コホート研究以外の集団で妥当性を評価することが望まれます。また、本研究では、古典的手法とベイズモデルを用いた新しい手法により遺伝的リスクスコアの開発を行いましたが、最も優れた性能を示したのは古典的手法により開発した104,677の遺伝子多型情報を用いたリスクスコアでした。このリスクスコアは、遺伝子多型同士の関連が比較的強い遺伝子多型を多く含んでいますが、我々が以前に開発した6つの遺伝子多型情報を用いたリスクスコアの性能(https://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/7954.html)と似ていたことから、予測性能が過大評価された可能性は低く、今回示された性能は妥当なものだと考えられます。しかしながら、以前に開発した遺伝的リスクスコアから予測性能の向上がほとんど見られなかったことから、遺伝的リスクスコアを用いた予測モデルのさらなる研究開発が必要であると考えられます。
 研究用にご提供いただいた血液を用いた研究の実施にあたっては、具体的な研究計画を国立がん研究センターの倫理審査委員会に提出し、ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針について審査を受けてから開始します。今回の研究もこの手順を踏んだ後に実施いたしました。国立がん研究センターにおける研究倫理審査については、公式ホームページをご参照ください。
 多目的コホート研究では、ホームページに多層的オミックス技術を用いる研究計画のご案内や遺伝子情報に関する詳細も掲載しています。

 

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