多目的コホート研究(JPHC Study)
ヘリコバクター・ピロリ菌感染、萎縮性胃炎と要介護認知症との関連
―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―
私たちは、様々な生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成5年から6年(1993年から1994年)に茨城県水戸、高知県中央東の2保健所管内(呼称は2019年現在)にお住まいだった40歳から69歳の男女のうち、アンケート調査に回答し、かつ、健診などの機会に血液をご提供下さり、血中ヘリコバクター・ピロリ菌(以下、ピロリ菌)抗体および胃がんの前がん病変である萎縮性胃炎の度合いを示すペプシノーゲン濃度の測定が行われた6,817人の方々を平成18年(2006年)から平成28年(2016年)まで追跡した調査結果にもとづいて、ピロリ菌感染と要介護認定情報から把握した認知症(以下、認知症)との関連を調べました。その結果を専門誌で論文発表しましたのでご紹介します(Environ Health Prev Med. 2026年2月Web先行公開)。
近年、認知症のリスクとして、神経炎症が発症に関連しているという考えから、感染症が注目を集めています。5つのコホート研究と5つの症例対照研究の結果を統合したメタアナリシスでは、胃がんのリスク要因であるピロリ菌感染が認知症リスクの高さと関連すること示されています。しかし、これまでの先行研究では、ピロリ菌に感染している者の割合が多いアジアで行われた研究は1本のみでした。ピロリ菌感染と認知症との関連は対象者の生活習慣などによって変化する可能性がありますが、ピロリ菌の感染状況や生活習慣は、集団により異なります。ピロリ菌感染により萎縮性胃炎(胃粘膜の炎症)が生じると、ビタミンB12、葉酸の吸収低下が引き起こされます。ビタミンB12や葉酸が欠乏すると、神経や血管に障害を与える働きをもつたんぱく質であるホモシステインの血中濃度の上昇が生じます。そのため、食事によるビタミンB12や葉酸の摂取量が少ないと、ピロリ菌感染による認知症への影響が強まる可能性が考えられます。
そこで私たちは多目的コホート研究のデータを用いて、ピロリ菌感染、萎縮性胃炎と認知症との関連を調べるとともに、食事によるビタミンB12と葉酸の摂取がこの関連にもたらす影響についても検討しました。
研究方法の概要
研究開始時点における血中のピロリ菌抗体に基づき、対象者を「ピロリ菌感染なし」、「ピロリ菌感染あり」の2群に、また血中のペプシノーゲン濃度に基づき、「萎縮性胃炎なし」、「軽度から中等度の萎縮性胃炎」、「重度の萎縮性胃炎」の3つの群に分けました。さらにピロリ菌感染と萎縮性胃炎との組み合わせに基づき、対象者を「感染なし、萎縮性胃炎なし」、「感染あり、萎縮性胃炎なし」、「感染なし、萎縮性胃炎あり(軽度から中等度+重度)」、「感染あり、萎縮性胃炎あり(軽度から中等度+重度)」の4群に分類しました。そして、ピロリ菌感染、萎縮性胃炎、および、その組み合わせが認知症のリスクを高めるのかを検討しました。この際、統計学的手法を用いて年齢、性別、地域、職業、喫煙、飲酒、肥満度、運動習慣、同居者の有無、他の疾患の有無(心筋梗塞・狭心症、脳卒中、糖尿病、高血圧)の影響を取り除きました。さらに、アンケート(食物摂取頻度調査票)によって推定されたビタミンB12および葉酸摂取量に基づき、対象者を「低摂取群」、「高摂取群」の2群に分け、各群でのピロリ菌感染、萎縮性胃炎およびその組み合わせと認知症との関連を検討しました。
ビタミンB12の摂取量が少ない群において、ピロリ菌感染、萎縮性胃炎およびその組み合わせにより認知症が生じやすい
ピロリ菌感染と認知症との関連を検討したところ、全対象者では明らかな関連が認められませんでしたが、ビタミンB12の摂取量が少ない群ではピロリ菌感染により認知症リスクが20%高いことが確認されました(図1)。次に萎縮性胃炎と認知症との関連についても、全対象者では関連が認められませんでしたが、ビタミンB12の摂取量が少ない群では重度の萎縮性胃炎により認知症のリスクが34%高いことが分かりました(図2)。さらに、ピロリ菌感染と萎縮性胃炎の組み合わせと認知症との関連を検討したところ、ここでも全対象者では明らかな関連を認めませんでしたが、ビタミンB12摂取量が少ない群において感染と萎縮性胃炎の両方が存在すると認知症のリスクが30%高いことが示されました(図3)。
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図1.ピロリ菌感染と認知症との関連
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図2. 萎縮性胃炎と認知症との関連
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図3.ピロリ菌感染と萎縮性胃炎の組み合わせと認知症との関連
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今回の研究から見えてきたこと
今回の研究では、ビタミンB12の摂取量が少ない群でピロリ菌感染、萎縮性胃炎およびその組み合わせによって認知症のリスク上昇が認められました。この結果は、ピロリ菌感染が認知症を引き起こす背景には、それに続く萎縮性胃炎やビタミンB12摂取量の低さが関連している可能性を示しました。
注目すべき点として、ピロリ菌感染と萎縮性胃炎の組み合わせが認知症に及ぼす影響を検討した際(図3)、ビタミンB12摂取量が少ない群において、統計学的に有意ではないもののピロリ菌感染がない萎縮性胃炎単独でも認知症のリスクが26%上昇していたこと、ピロリ菌感染と萎縮性胃炎の交互作用が統計学的に有意ではなかったことが挙げられます。このことは、ビタミンB12摂取量が少ない群において認知症が発生する際には、必ずしもピロリ菌感染が関わっているのではなく、むしろ萎縮性胃炎が関係している可能性を示唆しています。
本研究では追跡期間中に感染や萎縮の状態が変化した可能性は検討されていないこと、食事によるビタミンB12と葉酸の摂取量は体内の濃度を正確に反映していない可能性があることなどが研究の限界としてあげられます。
本研究の結果は、さらなる研究によって確認される必要がありますが、ピロリ菌感染または萎縮性胃炎のある個人における認知症予防のためには、萎縮性胃炎とビタミンB12の状態のモニタリングおよび十分なビタミンB12摂取の促進が有効な対策となる可能性が示唆されました。

