多目的コホート研究(JPHC Study)
アクリルアミド摂取量と乳がん罹患との関連について
―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防や健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古、大阪府吹田の10保健所管内(呼称は2018年現在)にお住まいだった方々のうち、研究開始から5年後に行った食事調査票に回答し、乳がんになっていなかった45~74歳の女性約4万9千人を、平成25年(2013年)まで追跡した調査結果にもとづいて、アクリルアミド摂取量と乳がん罹患との関連を調べました。その研究結果を論文発表しましたので紹介します(Cancer Sci.2018 Mar;109(3):843-853)。
アクリルアミドとは
アクリルアミドは、紙の強度を高める紙力増強剤や接着剤などの原材料として利用されている化学物質で、国際がん研究機関(IARC)では、ヒトに対して、おそらく発がん性がある物質とされています(International Agency for Research on Cancer)。近年、アスパラギンと還元糖という栄養素を含む食品を120℃以上の高温条件下で加工・調理すると、化学反応を起こすことなどによってアクリルアミドが生成され、食品中にも含まれていることがわかりました。
2016年4月5日に食品安全委員会では、過去に行われた人を対象とした疫学研究や動物実験の結果を総合的にみて、日本人における食事からのアクリルアミド摂取による発がん性については、懸念がないとはいえないとし、日本での研究が求められています。(食品安全委員会評価書、加熱時に生じるアクリルアミドに関する情報)
食事によるアクリルアミド摂取と乳がん罹患との関連については、欧米におけるヒトを対象とした疫学研究は複数あるものの、日本をはじめとしたアジア諸国からの報告はありません。さらに、欧米における複数の疫学研究をまとめたメタアナリシスでは、アクリルアミド摂取と乳がんの関連はなかったとしているものの、乳がん罹患に関わる要因や乳がんの種類による詳細な分析については、研究が不足しています。そこで、アクリルアミド摂取量と乳がん罹患との関連について検討することを今回の研究の目的としました。
アクリルアミド摂取量の推定方法
アクリルアミドの摂取量は、食物摂取頻度調査票(FFQ)という比較的簡易なアンケートを用いて、各個人の習慣的な摂取量を推定しました。この推定方法から算出されたアクリルアミド摂取量は、28日間の食事記録調査(DR)によるアクリルアミドの総摂取量と比較され、疫学研究を行うために必要な、ある程度の正確さがあることがわかりました。(食事調査票から得られたアクリルアミド摂取量の正確さについて)
アクリルアミド摂取量と乳がん罹患に関連はなかった
本研究の追跡調査中(平均15.4年)に、計792人の乳がん罹患が確認されました。
5年後調査時のアンケートの回答から計算したアクリルアミド摂取量について、対象者を3つのグループ(低、中、高)に分けて、その後の乳がん罹患を比較しました。アクリルアミド摂取量が「低」のグループを基準とし、それ以外のグループの乳がんリスクを比較したところ、5年後調査開始時のアクリルアミド摂取量と乳がん罹患との間に統計学的有意な関連はみられませんでした(図1)。さらに、アクリルアミドの代謝や乳がん罹患に関わる要因(喫煙習慣、コーヒー摂取量、アルコール摂取量、体格、閉経状態)、乳がんの種類によって細かく調べてみても、アクリルアミド摂取量と乳がん罹患との間に統計学的有意な関連はみられませんでした。
図1.アクリルアミド摂取量と乳がん罹患リスク
*調査開始時の年齢、地域、BMI、乳がんの家族歴、初潮年齢、初回出産年齢、出産回数、閉経状態、外的女性ホルモン剤使用の有無、喫煙習慣、アルコール摂取量で統計学的に調整。
この研究結果からわかること
日本人のアクリルアミド摂取量は欧米に比べて少ないことが報告されており(食品安全委員会評価書、加熱時に生じるアクリルアミドに関する情報)、本研究の結果から、相対的にアクリルアミド摂取量の少ない日本人でも関連がなかったことが示されました。
一方、結果の解釈には以下の点を考慮する必要があります。一つ目に、アクリルアミド摂取量の妥当性は確認されていますが、簡易的なアンケートを用いてアクリルアミド摂取量を推定したため、実際の摂取量を反映していない可能性があり、関連をみえにくくさせた可能性があります。二つ目に、食事から摂取したアクリルアミドは、発がん性の強いグリシドアミドという物質に代謝されます。代謝には、体内の酵素の働きが異なるなど個人差があると考えられますが、今回の研究では、その影響を考慮することができなかったため、関連がみえにくくなった可能性があります。したがって、今後はアクリルアミドだけでなく、毒性の強いグリシドアミドなど、代謝物の影響も明らかにするために血液中のバイオマーカーを用いたさらなる検討を行う必要があります。