多目的コホート研究(JPHC Study)
食事バランスガイド遵守とうつ病との関連について
―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)に長野県佐久保健所管内の南佐久郡8町村(1990年時点)にお住まいでアンケートに回答した40~59歳の約1万2千人のうち、平成26-27年(2014-15年)に行った「こころの検診」に参加した1,112人の追跡調査にもとづいて、食事バランスガイド遵守とうつ病との関連を調べた結果を専門誌で論文発表しましたので紹介します(Scientific Reports 2019年5月)。
日本が長寿国である理由として、社会経済要因や国民皆保険といった医療制度のほか、日本人の食生活が挙げられます。2005年に厚生労働省・農林水産省が策定した食事バランスガイド(図1)では「何をどれだけ食べたら良いのか」について目安が示されており、私たちの研究でも、これに沿った食生活をしている人は、総死亡や循環器疾患死亡のリスクが低いことが報告されています(食事バランスガイド遵守と死亡との関連について)。
近年、こうした食事ガイドに沿った適切な食生活をすることが、うつ病に影響を与えるかどうかについて、欧米を中心に研究が進められています。2017年に報告された、24編の疫学研究をまとめたメタアナリシスでは、適切な食生活がうつ症状を抑えることが報告されたものの、適切な食生活とうつ病診断との間には関連が認められませんでした。しかしながら、このメタアナリシスには精神科医によるうつ病診断が厳密に行われた研究は含まれていませんでした。また、日本人女性を対象とした研究では、食事バランスガイドに沿った食生活をしている方は、抑うつ症状が低いという横断研究がありますが、食生活と抑うつ症状を同時期に調べているため、抑うつ症状が食生活に影響を与えている可能性を否定できませんでした。そこで、私たちは、日本人における食事バランスガイド遵守と、その後の精神科医により診断されたうつ病との縦断的な関連を調べました。
1995年に行ったアンケート調査の結果を用いて、主食(ごはん、パン、麺)、副菜(野菜、きのこ、いも、海藻料理)、主菜(肉、魚、卵、大豆料理)、牛乳・乳製品、果物、総エネルギー、菓子・嗜好飲料由来のエネルギー、白肉(魚・鳥肉)の赤肉(豚・牛肉)に対する比の各領域を10点満点として評価し、80点満点の食事バランスガイド遵守得点を算出しました。遵守得点によって対象者を4つのグループに分け、アンケート調査から約20年後(2014-15年)の精神科医によるうつ病診断との関連を調べました。分析にあたって、年齢、性別、単身生活、教育歴、喫煙歴、飲酒歴、身体活動量、過去のうつ病、がん、心筋梗塞、脳卒中、糖尿病の既往の影響をできるだけ取り除きました。
食事バランスガイド遵守と、うつ病リスクの間に統計学的に有意な関連なし
その結果、食事バランスガイドの遵守得点とうつ病のリスクの間に統計学的に有意な関連は認められませんでした(図2)。性別、うつ病の既往、過去の身体疾患の既往、喫煙歴、飲酒歴、単身生活、教育歴、身体活動量で分けて検討しましたが、関連はありませんでした。また、8領域(主食、副菜、主菜、牛乳・乳製品、果物、総エネルギー、菓子・嗜好飲料、白肉の赤肉に対する比)それぞれについて検討したところ、白肉の赤肉に対する比において、最も比が低いグループに比べて高いグループで48%うつ病のリスクの低下が認められました。
今回の研究から食事バランスガイドを遵守することと、精神科医が診断したうつ病のリスクの間に統計学的に有意な関連はみられませんでした。日本人における食事バランスガイド遵守と精神科医により診断されたうつ病との縦断的な関連を検討したのは本研究が初めてであり、今回の結果は、適切な食生活とうつ病診断の関連をまとめた欧米のメタアナリシスの結果と一致したものでした。一方で、白肉(魚・鶏肉)の赤肉(豚・牛肉)に対する比において、最も比が低いグループに比べて高いグループでうつ病のリスクが約半分に下がりました。このことから、豚・牛肉よりも魚・鶏肉を多く食べる傾向が強いことが、うつ病予防に有効である可能性が示唆されました。
本研究では、該当地域の14%の対象者しか調査に参加していないため、示された結果は一般的な集団と異なる可能性があります。今後は、それらを考慮した、さらなる研究結果の蓄積が必要です。