多目的コホート研究(JPHC Study)
発酵・非発酵大豆製品摂取と肝がん罹患との関連について
―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―
私たちは、生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成7年(1995年)と平成10年(1998年)年に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古、大阪府吹田の10保健所(呼称は2019年現在)管内にお住まいだった、45~74歳の男女約7万5千人を平成24~25年(2012~13年)末まで追跡した調査結果にもとづいて、発酵・非発酵大豆製品摂取と肝がん罹患との関連を調べた結果を専門誌で論文発表しましたので紹介します(Eur J Nutr. 2020年7月ウェブ先行公開)。
大豆製品は数千年以上前から日本で食されています。また大豆には、たんぱく質が多く含まれており、イソフラボンやサポニンなどフィトケミカル(植物に含まれる化学成分の総称)も含まれています。さらに、大豆に含まれる植物性エストロゲン(主にイソフラボンなど)には、循環器疾患や、いくつかのがんを予防する可能性が示唆されています。私たちが過去に報告した研究においては、イソフラボン摂取が女性の肝がんリスクが高くなることを報告(イソフラボン摂取と肝がんとの関連について)していますが、大豆食品の詳細な検討は行っておらず、また、これまでの他の先行研究でも、発酵・非発酵製品と肝がんとの関連については、結果が一致しておらずよく分かっていませんでした。そこで、私たちは、発酵・非発酵大豆製品の摂取量と肝がん罹患との関連を検討しました。
食事調査アンケートの大豆製品に関する項目から、発酵大豆製品(納豆・みそ)、非発酵大豆製品(豆腐、油揚げ、凍り豆腐、豆乳)と、それぞれの食品の摂取量を4つのグループに分け、最も少ないグループと比較して、その他のグループの、その後の肝がんの罹患リスクを調べました。また、B型肝炎、C型肝炎、抗HCV抗体、B型肝炎ウイルス抗原の血液データが得られた参加者のみで解析を行いました。解析では、年齢、地域、体格、糖尿病既往、喫煙、飲酒、コーヒー摂取量、女性においては、さらに閉経状態のグループによる違いが結果に影響しないように統計学的に配慮しました。
男性ではみその摂取量が多いグループで、女性では油揚げの摂取量が多いグループで、肝がんの罹患リスク低下と関連がみられた
今回の研究対象者のうち、2013年までの追跡期間中に534名が肝がんに罹患しました。男女別に解析したところ、男女とも、発酵・非発酵大豆製品と肝がんの罹患リスクとの関連は見られませんでした。食品別でみると、男性では、みその摂取量が最も少ないグループに比べて最も多いグループでは、肝がんの罹患リスクが低下していました(図1)。また、この関連は、抗HCV抗体、またはB型肝炎ウイルス抗原が陽性だった対象者に限った解析でも同様の結果でした。一方、女性では油揚げの摂取量が最も少ないグループに比べて最も多いグループでは、肝がんの罹患リスクが低下していました。その他の大豆製品では、男女とも肝がんの罹患リスクとの関連はみられませんでした。
図1.大豆製品摂取と肝がん罹患リスクとの関連
今回の研究から見えてきたこと
私たちが過去に報告した研究では、女性ではイソフラボンの摂取が多いと肝がんのリスクが高く、大豆製品では統計学的有意ではなくリスクがあがる傾向がみられ、男性ではイソフラボンや大豆製品摂取量と関係がなかったという結果でしたが、使用した食事調査アンケートの項目数が少ないため、個々の大豆製品は検討していませんでした。
より詳細な食事調査アンケートを用いた今回の研究では、男女とも、発酵・非発酵大豆製品と肝がんの罹患リスクとの関連は見られませんでしたが、男性では、個々の大豆製品において、みその摂取量が多い場合に、肝がんの罹患リスクの低下と関連がみられました。この理由として、動物実験では、みそを与えると肝腫瘍が抑制され、特に、発酵期間が長いと抑制効果が大きかったという報告があります。納豆の発酵時間は24時間であるのに対し、みそは6-10か月であり、発酵期間の差が、肝がんの罹患リスクに影響する可能性が考えられます。
今回の研究において、女性で、油揚げ以外の個々の大豆製品と肝がんの関連が見られなかった理由のひとつとして、女性ホルモンであるエストロゲンは肝がんのリスク低下と関係があると考えられていますが、私たちの過去の研究において、女性ではイソフラボンの摂取量が多いと抗エストロゲン作用(エストロゲンの作用を妨げるはたらき)により、肝がんのリスクが高くなることを報告しており、個々の大豆製品の効果が打ち消された可能性が考えられます。一方、女性の油揚げと肝がんの罹患リスクの低下との関連については、偶然である可能性が考えられるため、さらなる研究が必要です。
本研究の限界として、肝炎ウイルスデータの提供が一部の参加者であること、肝炎に関する輸血などについての情報が得られていないこと、質問票以外の大豆製品(おからなど)の摂取量に関する情報を収集できなかったことなどがあげられます。大豆製品摂取と肝がんの罹患リスクとの関連については、疫学研究が限られており、今後も研究の蓄積が必要です。