多目的コホート研究(JPHC Study)
アクリルアミド摂取量と膵がんとの関連について
―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防や健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成7年(1995年)と平成10年(1998年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古、大阪府吹田の10保健所管内(呼称は2019年現在)にお住まいだった45~74歳の方々で、食事調査アンケートに回答し、膵がんになっていなかった約8万9千人を、平成25年(2013年)まで追跡した調査結果にもとづいて、アクリルアミドの摂取量とその後の膵がん罹患との関連を調べ、研究結果を専門誌に論文発表しましたので紹介します(Nutrients 2020年11月公開)。
アクリルアミドとは
アクリルアミドは、紙の強度を高める紙力増強剤や接着剤などの原材料として利用されている化学物質で、国際がん研究機関(IARC)では、ヒトに対して、おそらく発がん性がある物質とされています(IARC–INTERNATIONAL AGENCY FOR RESEARCH ON CANCER)。近年、アスパラギンと還元糖という栄養素を含む食品を120℃以上の高温条件下で加工・調理すると、化学反応を起こすことなどによってアクリルアミドが生成され、食品中にも含まれていることがわかりました。
2016年4月5日に食品安全委員会では、過去に行われた人を対象とした疫学研究や動物実験の結果を総合的にみて、日本人における食事からのアクリルアミド摂取による発がん性については、懸念がないとはいえないとし、日本での研究が求められています。(食品安全委員会評価書、加熱時に生じるアクリルアミドに関する情報)
食事由来のアクリルアミドと膵がんに関する疫学研究は、欧州では複数ありますが結果は一致しておらず、また日本をはじめとしたアジアからの報告はなく、よくわかっていませんでした。さらに、日本における食物由来のアクリルアミドの主な摂取源は、コーヒーや緑茶などの嗜好飲料類、菓子類、調理した野菜などであり、欧米諸国では、ジャガイモを原料とした製品、小麦を原料とした製品などであり、摂取源が異なります。そのため、供給源が異なるさまざまな国や地域で、アクリルアミドの摂取ががんに及ぼす影響を調べる必要があります。そこで、本研究では、我が国における食事由来のアクリルアミドの摂取量と膵がんの罹患リスクとの関連を調べることを目的としました。
アクリルアミド摂取量の推定方法
アクリルアミドの摂取量については、食物摂取頻度調査票(FFQ)という比較的簡易なアンケートを用いて、各個人の習慣的な摂取量を推定しました。この推定方法から算出されたアクリルアミド摂取量は、28日間の食事記録調査(DR)によるアクリルアミドの総摂取量と比較され、疫学研究を行うために必要な、ある程度の正確さがあることを確認しています。(食事調査票から得られたアクリルアミド摂取量の正確さについて)
本研究では、食事調査アンケートから推定したアクリルアミド摂取量を用いて、対象者を4つのグループに分け、最も摂取量が少ないグループと比べて、その他のグループの、その後の膵がんの罹患リスクを検討しました。
食事由来のアクリルアミド摂取と膵がん罹患との関連はみられなかった
本研究の追跡調査中(追跡期間15.2年)に、576人の膵がん罹患が確認されました。
アクリルアミドの摂取量と膵がんの罹患リスクは、アクリルアミドの摂取量が最も少ないグループと比較して、最も多いグループでは、膵がん罹患リスクとの関連はみられませんでした(図1)。さらに、アクリルアミドの代謝や膵がんの罹患に関わる要因(喫煙習慣、コーヒー摂取量、緑茶摂取量、アルコール摂取量、体格)で分けて調べた場合においても、アクリルアミド摂取量と膵がん罹患との間に統計学的に有意な関連はみられませんでした。
図1.アクリルアミド摂取量と膵がんの罹患リスクとの関連
年齢、性別、地域、体格、喫煙習慣、糖尿病の既往歴、膵がんの家族歴、アルコール摂取量で統計学的に調整
この研究結果からわかること
本研究の結果から、アクリルアミド摂取量と膵がんとの関連はみられませんでした。
これまで欧州で行われた個々の研究では、アクリルアミド摂取量と膵がんとの関連は一致していませんが、複数の研究をまとめたメタアナリシス研究では、関連がみられないことが報告されています。日本人のアクリルアミド摂取量は欧米に比べて少ないことが報告されており(食品安全委員会評価書、加熱時に生じるアクリルアミドに関する情報)、また、アクリルアミドの摂取源や調理方法も欧州とは異なりますが、本研究においても、これまでの欧州で行われた研究をまとめたメタアナリシス研究と同様の結果でした。
本研究の結果の解釈には以下の点を考慮する必要があります。一つ目に、アクリルアミド摂取量の妥当性は確認されていますが、簡易的な食事調査アンケートを用いてアクリルアミド摂取量を推定したため、実際の摂取量を完全には反映できていない可能性があり、関連がみえにくかった可能性があります。二つ目に、アクリルアミドの摂取量に影響する調理方法や調理時間が、食事調査アンケートでは把握できておらず、今回はその影響を考慮できていないことなどが考えられます。
先行研究では、体格やアルコール摂取などがアクリルアミドの代謝に影響を与えることが報告されているため、今後はアクリルアミドだけでなく、毒性の強いグリシドアミドなど、代謝物との関連の影響を検討するバイオマーカーを用いた検討等、さらなる研究が必要です。