―多目的コホート研究（JPHC研究）からの成果報告―

私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防や健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成7年（1995年）と平成10年（1998年）に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古、大阪吹田の10保健所管内（呼称は2019年現在）にお住まいだった45～74歳の方々で、食事調査アンケートに回答し、がんの既往がない男女約8万5千人を、平成25年（2013年）まで追跡した調査結果にもとづいて、食事由来のアクリルアミド摂取と肝がん罹患との関連を調べました。その研究結果を専門誌で論文発表しましたので紹介します（Nutrients.2020 Aug 19;12(9):2503）。

アクリルアミドとは

アクリルアミドは、紙の強度を高める紙力増強剤や接着剤などの原材料として利用されている化学物質で、国際がん研究機関（IARC）では、ヒトに対して、おそらく発がん性がある物質とされています（IARC – INTERNATIONAL AGENCY FOR RESEARCH ON CANCER）。近年、アスパラギンと還元糖という栄養素を含む食品を120℃以上の高温条件下で加工・調理すると、化学反応を起こすことなどによってアクリルアミドが生成され、食品中にも含まれていることがわかりました。

2016年4月に公表された食品安全委員会の評価書において、食品由来のアクリルアミドの摂取について、発がん以外の影響については極めてリスクは低いとする一方、発がんのリスクについては、ヒトにおける健康影響は明確ではないものの、動物実験の結果、公衆衛生上の観点から懸念がないとは言えないとし、日本での研究が求められています。（食品安全委員会評価書、加熱時に生じるアクリルアミドに関する情報）

食事由来のアクリルアミドといくつかのがんに関する疫学研究は、これまで欧米において複数ありますが結果が一致しておらず、日本をはじめとしたアジア諸国からの報告はほとんどありませんでした。さらに、食事由来のアクリルアミドと肝がんの罹患リスクに関する研究は、欧米を含め、これまで報告されていません。また、日本におけるアクリルアミドの主な摂取源は、多い順にコーヒー（27.4%）、緑茶（21.6%）、ジャガイモ（11.0%）、野菜（10.8%）、菓子類（10.6%）などですが、欧米諸国では、ジャガイモや小麦を原料とした製品、コーヒーなどと摂取源が日本と異なっており、摂取源が異なる国や地域で、アクリルアミドの摂取ががんに及ぼす影響を調べる必要があります。そこで、本研究では、日本人の食事由来のアクリルアミド摂取と肝がんの罹患リスクとの関連を調べることを目的としました。

アクリルアミド摂取量の推定方法

アクリルアミドの摂取量については、食物摂取頻度調査票（FFQ）という比較的簡易なアンケートを用いて、各個人の習慣的な摂取量を推定しました。この推定方法から算出されたアクリルアミド摂取量は、28日間の食事記録調査（DR）によるアクリルアミドの総摂取量と比較され、疫学研究を行うために必要な、ある程度の正確さがあることを確認しています。（食事調査票から得られたアクリルアミド摂取量の正確さについて）

食事調査アンケートから推定したアクリルアミドの摂取量を用いて、食事由来のアクリルアミドの摂取量を人数が均等になるように、少ない・中・多いの3つのグループに分類し、少ないグループを基準とした、その他のグループにおけるその後の肝がんの罹患リスクを検討しました。解析には、年齢、地域、性別、喫煙習慣、飲酒習慣、体格、余暇の身体活動、糖尿病既往、肝炎の既往を統計学的に調整し、肝がんのリスクに関連する要因の影響をできるだけ取り除きました。さらにコーヒー摂取を調整した場合としなかった場合の検討を行いました。

食事由来のアクリルアミド摂取と肝がん罹患との関連はみられなかった

本研究の追跡期間中（中央値16.0年）に、新たに肝がんと診断された人は744人（男性530人、女性214人）でした。食事由来のアクリルアミド摂取と肝がんの罹患リスクとは、コーヒー摂取を調整しない場合は、有意に肝がんのリスク低下と関連がみられましたが（図１上）、コーヒー摂取の影響を統計学的に取り除いた（調整した）結果では、統計学的に有意な関連はみられませんでした（図１下）。自己申告による肝炎の既往のあった人を除いて検討した場合においても同様の結果でした。また、性別、喫煙習慣、コーヒー摂取量で分けて調べた場合も、関連はみられませんでした。

図１．食事由来のアクリルアミド摂取と肝がん罹患との関連

この研究結果からわかること

本研究は食事由来のアクリルアミド摂取と肝がんの罹患リスクとの関連を検討した世界で初めての疫学研究です。本研究の結果から、食事由来のアクリルアミド摂取と肝がんの罹患リスクとの関連はみられませんでした。
私たちのこれまでの研究（コーヒー・緑茶摂取と肝がんとの関連について）や、海外の研究から、コーヒーの摂取が多いと肝がんのリスクを低下することが報告されています。コーヒーは日本人におけるアクリルアミドの主な摂取源の一つであり、コーヒー摂取による影響を統計学的に調整し除いたところ、肝がんの罹患リスクの低下と関連がみられなくなりました。このことから、アクリルアミド摂取と肝がんの罹患リスクの低下には、コーヒー摂取が影響していたことが考えられました。
食事由来のアクリルアミド摂取と肝がんの罹患リスクに関する研究は、本研究が初めてのため、結果を確認するためには、さらなる研究の蓄積が必要です。