―多目的コホート研究（JPHC研究）からの成果報告―

私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防や健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成7年（1995年）と平成10年（1998年）に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古、大阪吹田の10保健所管内（呼称は2019年現在）にお住まいだった45～74歳の方々で、食事アンケート調査に回答し、がんの既往がない男女約8万5千人を、平成25年（2013年）まで追跡した調査結果にもとづいて、食事由来のアクリルアミド摂取とその後の悪性リンパ腫、多発性骨髄腫、白血病罹患との関連を調べ、研究結果を専門誌で論文発表しましたので紹介します（Nutrients 2021年2月Web公開）。 

アクリルアミドとは

アクリルアミドは、紙の強度を高める紙力増強剤や接着剤などの原材料として利用されている化学物質で、国際がん研究機関（IARC）では、「ヒトに対しておそらく発がん性がある物質」とされています（IARC – INTERNATIONAL AGENCY FOR RESEARCH ON CANCER）。近年、アスパラギンと還元糖を含む食品を120℃以上の高温条件下で加工・調理すると、化学反応によってアクリルアミドが生成され、食品中にも含まれていることがわかりました。

2016年4月に公表された食品安全委員会の評価書において、過去に行われた人を対象とした疫学研究や動物実験の結果を総合的にみて、日本人における食事からのアクリルアミド摂取による発がん性については、公衆衛生上の観点から懸念がないとは言えないとし、日本での研究が求められています。（食品安全委員会評価書、加熱時に生じるアクリルアミドに関する情報）

これまでに、食事由来のアクリルアミドとがんとの関連について、がんの部位別に検討した疫学研究は、欧米においてはいくつかありますが、結果が一致しておらず、日本をはじめとしたアジア諸国からの報告はほとんどありませんでした。さらに、食事由来のアクリルアミドと悪性リンパ腫、多発性骨髄腫の罹患リスクに関する先行研究は2つしかなく、白血病の罹患リスクに関する研究は、欧米を含め、これまで報告されていません。また、日本におけるアクリルアミドの主な摂取源は、多い順にコーヒー（27.4%）、緑茶（21.6%）、ジャガイモ（11.0%）、野菜（10.8%）、菓子類（10.6%）などですが、欧米諸国では、ジャガイモや小麦を原料とした製品、コーヒーなどと摂取源が日本と異なっており、摂取源が異なる国や地域で、アクリルアミドの摂取ががんに及ぼす影響を調べる必要があります。そこで、本研究では、日本人の食事由来のアクリルアミド摂取と悪性リンパ腫、多発性骨髄腫、白血病の罹患リスクとの関連を調べることを目的としました。

食事由来のアクリルアミド摂取量の推定方法

アクリルアミドの摂取量については、食物摂取頻度調査票（FFQ）と呼ばれる食事アンケート調査を用いて、各個人の習慣的な摂取量を推定しました。この推定方法から算出されたアクリルアミド摂取量は、28日間の食事記録調査（DR）によるアクリルアミドの総摂取量と比較され、疫学研究を行うために必要な、ある程度の正確さがあることを確認しています。（食事調査票から得られたアクリルアミド摂取量の正確さについて）

食事アンケート調査から推定したアクリルアミドの摂取量を用いて、食事由来のアクリルアミドの摂取量に応じて3等分（低・中・高）し、「低」のグループを基準とした、その他のグループにおけるその後の悪性リンパ腫、多発性骨髄腫、白血病の罹患リスクを検討しました。解析には、性別、年齢、地域、体格、喫煙習慣、飲酒習慣、身体活動、職業、食物繊維、炭水化物、ナイアシン、飽和脂肪酸、一価不飽和脂肪酸、多価不飽和脂肪酸の摂取量を統計学的に調整し、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫、白血病のリスクに関連する要因の影響をできるだけ取り除きました。

食事由来のアクリルアミド摂取量と悪性リンパ腫、多発性骨髄腫、白血病罹患との関連はみられなかった

本研究の追跡期間中（中央値16.0年）に、計326人の悪性リンパ腫罹患、126人の多発性骨髄腫罹患および224人の白血病罹患が確認されました。食事由来のアクリルアミド摂取量と悪性リンパ腫、多発性骨髄腫、白血病の罹患リスクとは、統計学的に有意な関連はみられませんでした（図1～3）。追跡してから3年以内の症例を除いて検討した場合においても同様の結果でした。また、非喫煙者と喫煙経験者で分けて調べた場合も、関連はみられませんでした。

図1. 食事由来のアクリルアミド摂取と悪性リンパ腫罹患リスク

図2. 食事由来のアクリルアミド摂取と多発性骨髄腫罹患リスク

図3. 食事由来のアクリルアミド摂取と白血病罹患リスク

この研究結果からわかること

本研究は、食事由来のアクリルアミド摂取と悪性リンパ腫、多発性骨髄腫の罹患リスクとの関係を検討したアジアで初めての疫学研究であり、食事由来のアクリルアミド摂取と白血病の罹患リスクとの関連を検討した世界で初めての疫学研究です。
本研究の結果では、食事由来のアクリルアミド摂取と悪性リンパ腫・多発性骨髄腫・白血病罹患リスクとの関連はみられませんでしたが、関連がみられなかった理由の一つとして、日本人のアクリルアミドの摂取量は欧米に比べて少なかったことが考えられました。しかし、食事由来のアクリルアミド摂取とこれらのがん罹患リスクに関する研究は限られているため、結果を確認するためには、さらなる研究の蓄積が必要です。