多目的コホート研究(JPHC Study)
血中ポリフェノール濃度と結腸がん罹患の関連について
―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成7年(1995年)と平成10年(1998年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、大阪府吹田、沖縄県宮古の10保健所(呼称は2019年現在)にお住まいだった方々のうち、40~69歳の男女約3万人を2012年まで追跡した調査結果にもとづき、血中ポリフェノール濃度と結腸がん罹患との関連について調べた結果を専門誌で論文発表しましたので紹介します(Clin Nutr. 2022年8月公開)。
ポリフェノールは、複数のフェノール性水酸基をもつ植物成分の総称で、フラボノイド、リグナン、スチルベンなどに分類され、さらに多くの種類の化合物を含みます。ポリフェノールは野菜、果物、ナッツ、豆類、チョコレートなどに含まれ、抗酸化作用、抗炎症作用、エストロゲン様作用などを持つことから、がんなどの生活習慣病を予防することが期待されています。これまでにポリフェノール摂取量と大腸がんリスクとの関連を検討した疫学研究はいくつか行われていますが、米国で2つのコホート研究を統合した研究においては、フラボノイドの各種類と大腸がん罹患との間には関連が認められませんでした。またヨーロッパの集団で行われた同様の研究では、男性でポリフェノールの一つであるフェノール酸と結腸がんリスクの間に負の関連がみられたものの、女性では関連は見られず、結果は一貫していませんでした。この理由は、自記式アンケートのため摂取量が正確に評価できなかったほか、代謝の影響が評価できていないという可能性がありました。また、ヨーロッパで行われた先行研究では、35種類の血中ポリフェノール濃度と結腸がん罹患との関連が検討されて、いくつかのポリフェノールが結腸がんと関連あることが報告されています。本研究では、多目的コホート研究の対象者の方々を対象として、客観的な指標である保存血液を用いて35種類のポリフェノールを測定し、結腸がん罹患との関連を調べました。
保存血液を用いた、コホート内症例対照研究
多目的コホート研究の対象者約10万人のうち、5年後調査開始時に健診などの機会を利用して、約3万人から血液をご提供いただきました。2012年末までの追跡期間中に結腸がんになった方1人に対し、結腸がんにならなかった方から年齢・居住地域・採血日・採血時間・空腹時間の条件をマッチさせた2人を無作為に選んで対照グループに設定しました。そのうち、1085人(症例群: 375人、対照群: 710人)を今回の研究の対象としました。
今回の研究では、保存血液を用い、35種類のポリフェノール濃度を測定しました。
統計解析には条件付きロジスティック回帰分析を用い、血中ポリフェノール濃度(連続変数)と結腸がん罹患の関連を検討しました。BMI、身長、喫煙状況、身体活動量、アルコール摂取状況、糖尿病既往、総エネルギー、カルシウム、食物繊維および赤肉・加工肉の摂取量について調整を行い、これらの影響を統計学的にできるだけ取り除きました。
対象集団全体における35種類のポリフェノール濃度と結腸がんリスクの関連を調べたところ、ジヒドロカフェ酸(P=0.02)、フェルラ酸(P=0.02)、およびカフェ酸(P=0.03)濃度が高いほど結腸がんリスクが低くなっていました。一方で、3-ヒドロキシ安息香酸濃度が高いほど、結腸がんリスクが高くなる傾向がみられました(P=0.03)。その他のポリフェノールにおいては関連がみられませんでした。
男女別に解析を行ったところ、女性では、カフェ酸(P=0.004)、フェルラ酸(P=0.02)濃度が高いほど結腸がんリスクが低くなっていました。一方、男性においては、ジヒドロカフェ酸濃度が高いほど、結腸がんリスクが低く(P=0.007)、3,5-ジヒドロキシフェニルプロパン酸(P=0.01)、没食子酸(読み:ぼっしょくしさん、P=0.02)、エピガロカテキン(P=0.04)、3-ヒドロキシ安息香酸(P=0.04)、エピカテキン(P=0.04)濃度が高いほど、結腸がんリスクが高くなる傾向がみられました。その他のポリフェノールにおいては関連がみられませんでした。
コーヒーに多く含まれるポリフェノールは結腸がんと関係する可能性がある
本研究において、ジヒドロカフェ酸、フェルラ酸、およびカフェ酸濃度が高いほど、結腸がんリスクが低いことが明らかになりました。これらのポリフェノールは、コーヒーに多く含まれます。
過去に多目的コホート研究において、コーヒーを1日3杯以上飲む女性で、浸潤結腸がんリスクが統計学的有意に低い傾向が認められている(コーヒー摂取と大腸がんとの関連について)ほか、多目的コホート研究を含む日本全国の8つのコホート研究を統合した研究においても、コーヒーを1日3杯以上飲む女性で、結腸がんリスクが低かったと報告されており、(日本人におけるコーヒー飲用と大腸がんリスク)、本研究はコーヒーの結腸がん予防効果を示唆する結果かもしれません。
考えられるメカニズムとして、結腸内におけるカフェ酸やフェルラ酸の抗炎症作用により、抗腫瘍性作用をもつことが実験研究で報告されており、人を対象とした横断研究においても、血中のジヒドロカフェ酸、カフェ酸およびフェルラ酸と炎症マーカーであるC反応性蛋白(CRP)の間に負の関連が報告されています。しかし、前向き研究においては報告が乏しいため、今後の検討が必要です。
一方で、コーヒーに多く含まれるクロロゲン酸やお茶に多く含まれるカテキンの生体内変化によって生じる3-ヒドロキシ安息香酸濃度や、緑茶に多く含まれる没食子酸、エピガロカテキンおよびエピカテキンが高いほど結腸がんリスクは高くなることが示されました。緑茶やコーヒーの摂取量が多い人が喫煙をしている可能性などを考え、喫煙状況別の解析も行いました。その結果、喫煙者において、血中のエピガロカテキンおよび没食子酸濃度が高いほど、結腸がんリスクが高くなっていました。非喫煙者ではこのような関連は見られず、喫煙者において、今回の研究では調べていない要因や未知の要因など、その影響が除ききれなかった可能性などが考えられました。また、エピカテキンおよび3-ヒドロキシ安息香酸については、喫煙別の結果の違いは見られず、明確には説明がつきませんでした。今後、引き続き検討していく必要があります。
今回の研究では、研究開始時に集められた1回の血液のみを用いて血中ポリフェノールの測定を行いました。血中ポリフェノールは半減期(血中濃度が半減するまでの時間)が短く代謝が速いため、比較的短期間の食事の影響を反映している可能性が高いと言えます。また、本研究は、上記でも述べたように今回考慮できなかった大腸がんと関連する要因が影響している可能性もあるため、今後さらなる研究が必要です。
多目的コホート研究の参加者からご提供いただいた血液を用いた研究は、国立がん研究センターの倫理審査委員会の承認を得た研究計画をもとに、「疫学研究に関する倫理指針」や「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」などに則って実施されています。国立がん研究センターにおける研究倫理審査については、公式ホームページをご参照ください。
多目的コホート研究では、ホームページで保存血液を用いた研究のご紹介を行っています。