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多目的コホート研究(JPHC Study)

血中アクリルアミド-ヘモグロビン付加体濃度と乳がん罹患との関連について

―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―

 私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成5年(1993年)に、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古、大阪府吹田の6保健所(呼称は2019年現在)管内にお住まいだった方々のうち、研究開始から5年後に行った食事調査票に回答した45~74歳の女性約1万人を、平成27年(2015年)まで追跡した調査結果にもとづいて、血中アクリルアミド-ヘモグロビン付加体濃度と、乳がん罹患との関連を調べた結果を専門誌で論文発表しましたので紹介します(Cancer Epidemiol Biomarkers Prev. 2023年1月Web先行公開)。

アクリルアミド-ヘモグロビン付加体とは

 アクリルアミドは、紙の強度を高める紙力増強剤や接着剤などの原材料として利用されている化学物質で、国際がん研究機関(IARC)では、ヒトに対して、おそらく発がん性がある物質とされています(International Agency for Research on Cancer )。アクリルアミドは、生体内に入ると、CYP2E1という酵素によりグリシドアミドに代謝され、グリシドアミドは遺伝毒性を有し、発がんに関係する可能性が報告されています。

 アクリルアミドは、アスパラギンと還元糖という栄養素を含む食品を120℃以上の高温条件下で加工・調理すると、化学反応を起こすことなどによって生成されるため、食品中にも含まれていますが、これまでの研究では、食品摂取頻度調査(アンケート)からアクリルアミド摂取量を推定しているため、一定程度の誤差が生じる可能性があります。また、喫煙や職業などによりアクリルアミドが体内へ入る影響や、代謝物であるグリシドアミドの影響も評価する必要がありますが、そのためには、「生体指標」を活用して評価しなくてはいけません。アクリルアミドとグリシドアミドは一定の割合で血液中のヘモグロビンと結合し、アクリルアミド-ヘモグロビン付加体(HbAA)またはグリシドアミド-ヘモグロビン付加体(HbGA)  を形成します。本研究では、これらを「生体指標」としました。

 アクリルアミド摂取量と乳がん罹患との関連について、欧米では複数の報告があり、多目的コホート研究からも報告しています(アクリルアミド摂取量と乳がん罹患との関連について)。これらの報告では、アクリルアミド摂取と乳がんの関連はなかったとされているものが多いですが、アクリルアミドの「生体指標」である血中HbAA濃度と乳がん罹患の関連について調べた研究は少ないのが現状です。そこで、血中HbAA濃度と乳がん罹患との関連について検討することを今回の研究の目的としました。

保存血液を用いた、コホート内症例対照研究

 研究開始から5年後のアンケートに回答し、かつ、健康診査等の機会を利用して研究目的で血液を提供していただいた方9,847人の女性を今回の研究対象集団としました。

 追跡期間中、対象集団の中から136人が乳がんに罹患しました。乳がんになった方1人に対し、乳がんにならなかった方から年齢・居住地域・採血時の条件(季節や採血時間)・閉経状態をマッチさせた2人を無作為に選んで対照グループとし、合計375人(乳がん125人(一部の人は適切な対照がいなかったため除外)、対照250人)を今回の研究の分析対象としました。

 今回の研究では、保存血液を用いて血中HbAA濃度及び血中HbGA濃度を測定しました。対照グループにおけるそれぞれの付加体の血中濃度により、低濃度、中間、高濃度の3つに分け、「低濃度グループ」に対するそれ以外のグループの乳がん罹患リスクを算出しました。解析では、体格、乳がんの既往歴、初経年齢、初産年齢、ホルモン剤使用有無、飲酒量について統計学的に調整し、これらの影響をできるだけ取り除きました。

血中HbAA濃度及び血中HbGA濃度と乳がん罹患には関連がなかった

 血中HbAA濃度、血中HbGA濃度、及びそれらの濃度の和は、いずれも乳がんリスクとは関連していませんでした。しかし、血中HbAA濃度に対する血中HbGA濃度の比  (HbGA/HbAA)が高くなるほど、乳がん罹患リスクが高くなっていました(図1)。

(クリックで画像拡大)

図1. 血中HbAA及び血中HbGAと乳がん罹患リスクとの関連

HbAA+HbGA;血中HbAAと血中HbGA濃度の和
HbGA/HbAA;血中HbAA濃度に対する血中HbGA濃度の比

今回の結果から分かること 

 今回の研究から、血中HbAA濃度及び血中HbGA濃度と、乳がん罹患には関連がないことが示されました。アクリルアミドと乳がん罹患の関連の報告には、いくつかの報告がありますが、本研究結果は食品摂取頻度調査(アンケート)を用いた多目的コホート研究からの結果と一致しています(アクリルアミド摂取量と乳がん罹患との関連について)。

 本研究では血中HbAA濃度に対する血中HbGA濃度の比が高くなるほど、乳がん罹患リスクが高くなっていました。この生物学的な意義は明らかではありませんが、血中HbAA濃度に対する血中HbGAの比が高いことは、体内の代謝酵素活性が低いことを示し、アクリルアミドに対する感受性を表している可能性があります。 今後の研究では、血中HbAA濃度や血中HbGA濃度 の絶対量だけでなく、それらの比や代謝遺伝子の活性にも注目して、アクリルアミドと発がんの関連を評価する必要があるかもしれません。

 今回の研究では、健康診断の機会に血液の提供をうけ、かつ、任意であっために、比較的健康意識の高い人が含まれている傾向が高い可能性があること、生体指標の測定が一度のみで季節変動・個人内変動・経時的な変化等が反映されていない可能性があること、などが限界点として挙げられます。

 

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