多目的コホート研究(JPHC Study)
糖質摂取量と大腸がん罹患リスクとの関連について
―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―
私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成7年(1995年)と平成10年(1998年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古、大阪府吹田の10保健所(呼称は2019年現在)管内にお住まいだった、45~74歳の男女約9万1千人の方々を、平成25年(2013年)末まで追跡した調査結果にもとづいて、糖質摂取量と大腸がんの罹患リスクとの関連を調べた結果を論文発表しましたので紹介します(Can Sci. 2023年2月Web先行公開)。
食事で摂取される糖質は血糖値の上昇やインスリン分泌、体重増加に関わる栄養素であり、米国の一部の先行研究では、糖質は大腸がんのリスク上昇と関連があることが報告されています。しかし、日本人は、食生活も肥満の割合も欧米諸国とは異なっており、大腸がんとの関連については良くわかっていません。特に、日本人における前向きコホート研究デザインで、糖質摂取量と大腸がん罹患リスクとの関連を検討した研究はこれまでありませんでしたので、その関連について調べました。
糖質は、炭水化物の一種で、単糖類(ブドウ糖、果糖、ガラクトースなど)や二糖類(ショ糖、麦芽糖、乳糖など)からなる単純糖質と、少糖類、多糖類(でん粉など)からなる複合糖質に分かれます。今回の研究ではこれらの糖質のうち、単純糖質に着目しました。ブドウ糖、果糖、ショ糖は、主に甘味料、菓子類、甘味飲料、果物、野菜などに含まれ、麦芽糖は主に穀類、芋類に、ガラクトースや乳糖は主に乳製品に多く含まれています。(糖質についての詳細な説明はこちらをご参照ください。)
また、単純糖質は種類によって代謝経路が異なり、健康への影響も異なる可能性があるため、単純糖質の合計だけでなく、種類別にも検討しました。
調査開始時の食事摂取頻度調査票の回答をもとに、糖質摂取量は、合計単純糖質、合計果糖(ショ糖の1/2と果糖を足したもの)、ブドウ糖、果糖、ガラクトース、ショ糖、麦芽糖、乳糖の摂取量を推定しました。これらの摂取量によって、人数が均等になるように5つのグループに分け、摂取量が最も低いグループと比較した場合の、他のグループのその後の大腸がん罹患リスクを調べました。
解析に際しては、年齢、地域、BMI、飲酒、喫煙、身体活動、糖尿病の有無、大腸がん家族歴の有無、大腸がん検診受診の有無、閉経状況(女性のみ)、女性ホルモン療法の有無(女性のみ)、総エネルギー摂取量、飽和脂肪酸・n-3系不飽和脂肪酸、マグネシウム・カルシウム・ビタミンD・ビタミンB6・ビタミンB12・食物繊維・葉酸摂取量について統計学的に調整し、これらによる影響をできるだけ取り除きました。
糖質摂取量と大腸がん罹患リスクに明らかな関連はなかった
平均で約15年の追跡期間中に、2118人(男性1226人、女性892人)が大腸がんに罹患しました。解析の結果、女性において中間くらいの摂取量のグループで一部リスク上昇が見られたものの、全体的に見て、合計単純糖質と合計果糖のどちらについても、大腸がん罹患リスクとの明らかな関連は観察されませんでした(図1)。また、ブドウ糖、果糖、ガラクトース、ショ糖、麦芽糖、乳糖についても調べましたが、同じく、明らかな関連は観察されませんでした。
図1.糖質摂取量と大腸がん罹患リスクとの関連
直腸がんでは、女性でリスク増加の可能性あり
部位における違いを検討するために、大腸がんを結腸がんと直腸がんに分けて調べたところ、女性において、合計単純糖質の最も少ないグループと比較して、摂取量が多いグループで直腸がんの罹患リスクが増加していました(図2)。結腸がんや、男性では関連は観察されませんでした。
図2.女性における糖質摂取量と直腸がん罹患リスクとの関連
この研究結果について
本研究の結果は、日本人において、糖質の摂取量と大腸がんの罹患リスクに明らかな関連はなかったことを示しました。この結果はいくつかの欧米の先行研究の結果と一致していました。一方、部位別の解析では、女性において、合計単純糖質の摂取量が多いと直腸がんの罹患リスクが増加する可能性が示されました。このように性別や大腸がんの部位別で結果が異なる理由として、女性は糖質の摂取量そのものが多く、また、糖質に占める菓子類の割合が男性よりも多いという食べ方の違いや、糖質の主な摂取源の一つである果物の予防的な働きが大腸がんの部位別で異なる可能性があることなどが考えられます。また、今回の結果では、欧米と比較して菓子類や甘味飲料からの糖質摂取量が少ない日本人において、中間くらいの摂取量のグループという一部ですが、大腸がん罹患リスクの増加が観察された理由については明確ではなく、また、本研究の結果は日本で初めての報告であり、アジアでの報告も少ないため、さらなる研究の蓄積が必要です。
本研究の限界として、1990年代の食習慣は現在のものと異なる可能性があるため、結果の解釈に注意が必要なことや、追跡期間中の食事の変化の影響が排除しきれていないことが挙げられます。また、関連する他の要因の影響を、できる限り統計学的に調整して解析しましたが、未測定の交絡因子の影響を除き切れていない可能性があります。