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多目的コホート研究(JPHC Study)

コーピング行動(日常経験する問題や出来事に対する対処の仕方)と軽度認知障害・認知症

―多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告―

 

私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)に長野県佐久保健所管内の南佐久郡8町村(1990年時点)にお住まいだった、40~59歳の約1万2千人のうち、2000年のアンケートに回答し、かつ、平成26-27年(2014-15年)に行った「こころの検診」に参加した1,015人のデータにもとづいて、コーピング行動(注1)とその後の軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment:以下、MCI)・認知症との関連を調べた結果を専門誌で論文発表しましたのでご紹介します(J Alzheimers Dis. 2022年10月Web先行公開)。

注1:日常経験する問題や出来事に対する対処のことをコーピングといい、さらに、実際の場面における対処行動は、コーピング行動と呼ばれます。我々のグループでは、過去にコーピング行動と自殺循環器疾患がんとの関連を調べ、その関連を報告しています。
近年では、心理的ストレスが認知機能に影響を与えるという報告があり、ストレスと認知機能との関連について広く研究されてきています。コーピング行動は、こういった日々のストレスを調節し、その結果、認知機能低下のリスクに影響を与える可能性があります。
これまでに、コーピング行動の長期的な認知機能に対する効果を示した研究はありましたが、その数は少なく、若年層などの特定の集団や特定の疾患においてのみ行われてきたため、高齢期における認知機能低下に対するコーピング行動の影響を調査した研究はありませんでした。また、正常と認知症の中間と言われる軽度認知障害の中でも特に、複数の種類の認知機能が障害された軽度認知障害(multiple-domain MCI)は、単一の認知機能が障害された軽度認知障害(single-domain MCI)よりも、高齢者の生活の質(QOL)に、より大きな影響を与え、認知症の高いリスクとなることが知られています。そこで私たちは、中年期におけるコーピング行動と、約15年後の高齢期における軽度認知機能障害それぞれの種類(複数の障害があるmultiple-domain MCIか、単一の障害があるsingle-domain MCI)、および認知症のリスクとの関係を調査しました。

 

研究方法の概要 

2000年に実施したアンケートにおける、日常経験する問題や出来事に対する対処行動に関する質問の回答結果から、6つのコーピング行動(誰かに相談する、解決する計画を立て実行する、状況のプラス面を見つけ出す、回避する、変えることを空想する、自分を責める)の頻度(ほとんどない、たまに、ときどき、かなりよく、非常によく)を評価しました。各コーピング行動をとる頻度が少ないグループ(ほとんどない、たまに、ときどき)を基準とした場合の、頻度の多いグループ(かなりよく、非常によく)の2014~2015年時における認知機能障害(軽度認知障害、種類別軽度認知障害、認知症)の関連を調べました。解析では、性別、年齢、教育歴、現在の大うつ病性障害の診断、虚血性心疾患の過去の病歴、糖尿病罹患の有無、飲酒状況、喫煙状況を統計学的に調整し、グループ間の、これらの違いにおける影響をできるだけ取り除きました。

 

コーピング行動による認知機能障害の発症のリスク

6つのコーピング行動のうち、「その事を避けて他のことをする」といった回避型のコーピング行動を「かなりよく」もしくは「非常によく」といった高い頻度でとることは、その後の、複数の種類の認知機能が障害された軽度認知障害(multiple-domain MCI)および認知症を含めた認知機能障害と診断されるリスクの上昇と有意に関連していました。一方、回避型のコーピング行動以外のコーピング行動については、認知機能障害との統計学的に有意な関連はみられませんでした(図)。

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図 コーピング行動による認知機能障害リスク(注2)

(注2)コーピング行動の頻度が少ない(ほとんどない、たまに、ときどき)グループに対する、頻度が多い(かなりよく、非常によく)グループのオッズ比

 

回避型のコーピング行動を高頻度でとる人は認知機能障害のリスクが上昇

本研究では、回避型のコーピング行動を高頻度にとることが、将来の認知機能障害のリスクの高さと関連していることを示しました。回避型のコーピング行動は、これまでにも複数の研究結果を統合・解析するメタ解析を含む多くの研究において、うつ病、心的外傷後ストレス障害、アルコール依存症などの精神疾患に関係することが報告されています。さらにいくつかの研究では、回避行動が認知機能障害のリスクの上昇に関連することが報告されています。こういった回避型のコーピング行動について、急性ストレスにより生じる海馬などの脳への障害に関与することなどが報告されており、回避型のコーピング行動を習慣的にとること、またはコーピング行動をとり過ぎることが、脳の機能を変化させるのかもしれません。また、回避型の行動を多くとることは、社会的な孤立や、知的な能力が必要とされる場面への参加の減少など、生活にも影響を与え、その結果、認知症のリスクを高める可能性も考えられます。一般的に、コーピング行動は介入によって修正可能な特性と言えます。認知行動療法などの心理療法の適応が広がり多様化している現在、本結果は、回避行動を必要以上にとり過ぎないようにする働きかけが、認知機能低下の予防につながる可能性を示唆しています。

 

さらなる研究が必要

本研究では、アンケート回答時における認知機能の評価を行なっていないため、アンケート回答時にすでに認知機能の低下があり、それがコーピング行動やアンケートへの回答結果に影響を与えた可能性もあります。本研究の結果を一般化するには、より詳細な調査が必要であると考えられます。

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